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東京五人男 1946

2015.10.11.Sun.23:57
東京五人男 1946 古川ロッパ 横山エンタツ 花菱アチャコ 石田一松 柳家権太楼

監督:斎藤寅次郎 製作:本木荘二郎 脚本:山下与志一 特殊技術:円谷英一(円谷英二)
音楽:鈴木静一 演奏:東宝映画管弦楽団
出演:古川緑波(古川ロッパ)、横山エンタツ、花菱アチャコ、石田一松、柳家権太楼、戸田春子、田中筆子、飯田ふさ江、小高つとむ、鳥羽陽之助、石田守英、永井柳筰、高勢実乗、高堂国典、藤間房子、森川君子、大庭六郎
製作配給:東宝 1945年12月27日日劇、1946年1月3日一般公開 白黒84分

あらすじ:軍需工場の徴用工として働きに出ていた古川六郎(古川ロッパ)、横山辰五郎(横山エンタツ)、藤木阿茶吉(花菱アチャコ)、石田松男(石田一松)、北村権太(柳家権太楼)の五人は、終戦直後の秋、焼野原の東京に帰ってくる。工場の社長の大量の荷物をそれぞれ手分けして持って帰って来たが報酬などは何もなく、物資を少し分けてくれるように頼むが「お互い辛抱しよう」と逆に諭されてしまう。横山と藤木は路面電車の車掌と運転手、石田は配給所の職員、北村は国民酒場の従業員として働き始め、古川は疎開している息子に送るための物資を求めて農家を訪ね歩くが…。
東京五人男 1946 7

終戦直後の焼野原で撮影され、1945年の末から1946年のお正月に公開された、人気コメディアン達の歌と笑いに溢れた作品。

東京五人男 1946 10古川ロッパ

古川ロッパ演じる古川六郎は背広に黒い丸眼鏡のオールバック。妻を亡くし、疎開中の幼い息子と二人家族。住まいは一軒建てのバラック。何で生計を立てているのか謎だけど、いつも身なりがちゃんとしていて礼儀正しいので、元はオフィスワークのサラリーマンとかかもしれない。役名の「六郎」はロッパが生家の六男であることと、本名「郁郎」からかと思われる。

東京五人男 1946 12 横山エンタツ

横山エンタツ演じる横山辰五郎は眼鏡にちょびヒゲ。妻はお末(すえ)。住まいは二軒長屋の向かって右。路面電車の車掌で首から大きながまぐちを提げている。

東京五人男 1946 13 花菱アチャコ

花菱アチャコ演じる藤木阿茶吉は面長で大柄。妻はお邦。住まいは二軒長屋の向かって左。路面電車の運転手。役名の苗字「藤木」はアチャコの本名藤木徳郎から。

東京五人男 1946 14 石田一松

石田一松演じる石田松男は眼鏡のヒゲなし。正義感の強い配給所職員。同僚初江とは恋人同士。バイオリンを弾いて歌を歌う。

東京五人男 1946 15 柳家権太楼

柳家権太楼(初代)演じる北村権太は丸顔のぼんやり。国民酒場の従業員。役名の苗字「北村」は柳家の本名北村市兵衛から。

東京五人男 1946 18

東京へ向かうぎゅうぎゅう詰めの列車。

東京五人男 1946 20 横山エンタツ 花菱アチャコ

大きな荷物に因縁をつけられたりもしつつ、家族ともうすぐ再会できる喜びに湧く五人。

東京五人男 1946 22

そしてやっと帰り着いた焼野原の東京。しかし…

東京五人男 1946 27 横山エンタツ 石田一松

東京五人男 1946 28 古川ロッパ

東京五人男 1946 29 花菱アチャコ 柳家権太楼

東京五人男 1946 30

その頃自宅のバラックでは五人の合同葬儀の真っ最中。

東京五人男 1946 31 戸田春子 田中筆子 飯田ふさ江

辰五郎の妻お末「こんなことになるんなら、せめて徴用に取られるまでに、もっと優しく親切にしてやればよかったねえ」
松男の恋人初江「でもあたしあんなに元気だった石田さんが死んだなんて信じられないような気がしますわ」
阿茶吉の妻お邦「未練はよそうよ。あんな危ないとこに徴用にやらなきゃ良かったんだわ」

東京五人男 1946 33

そこへ意気揚々と帰ってくる五人。

辰五郎「おい、ここやここや!」
阿茶吉「あ~よかったよかった」

東京五人男 1946 34 古川ロッパ 横山エンタツ 花菱アチャコ 石田一松 柳家権太楼

忌中の貼り紙を見て、

辰五郎「おい、誰か死んだのかな?」
阿茶吉「そうらしいなあ」
辰五郎「お末ー!」

初江「あら、おじさんじゃなぁい?今の声おじさんにそっくりよ」
お末「気休めはおよしよ。これまで何の便りもないんだもの。今頃出てくりゃ、それこそお化けだよ」
横山「お末ー!」
お邦「ほんとに誰か呼んでるわ」

三人がハッとした顔で表へ出ると…

東京五人男 1946 37 古川ロッパ 横山エンタツ 花菱アチャコ 石田一松 柳家権太楼

お末「…!出たあー!(失神)」
お邦「あっ…あなた!」
阿茶吉「おお!」
初江「石田さん!まあ~!」

東京五人男 1946 40 古川ロッパ 横山エンタツ 花菱アチャコ 柳家権太楼

女性達の歓待を受ける三人を横目に六郎と権太の二人は、

六郎「帰ろ」
権太「帰りましょ」

しょぼしょぼと来た道を戻って行く。

東京五人男 1946 42 花菱アチャコ 田中筆子

お邦「助かってよかったわねえ」
阿茶吉「ほんまにお前も達者でよかったなあ」
お邦「(後ろを振り返って)あら、まだいるの?もう帰ってもいいのよ」
僧侶「あの~お布施を頂きませんと…」

お邦、お財布からお札を出して僧侶の前に置く。

僧侶「五人分、頂きたいんで…」
阿茶吉「厚かましいなあほんまにもう。はよ出したれはよ出したれ」
お邦「(残り四人分を出して)はい」

僧侶、お札をかき集めてからゆっくりと身支度をする。

お邦「(祭壇から果物の皿を取って)はい、どうせあなたに供えたんだからお上がんなさいよ」
阿茶吉「(嬉しそうに頬張りながら僧侶に)はよ帰れはよ帰れ」
お邦「まだいるの?さっさとお帰りよ縁起でもない」

脱いだ袈裟を慌てて丸めて出ていく僧侶。他の参列車はいつのまに消えたんだ。

東京五人男 1946 43 横山エンタツ 戸田春子

横山夫妻も隣の部屋で再会を喜ぶ。お末は夫の持って帰って来た荷物をご機嫌で検めようとするが、それが全て工場の社長の荷物で、辰五郎が自分達のために持ち帰ったものは何ひとつないことを知ると…

東京五人男 1946 47 横山エンタツ 花菱アチャコ

あわれ荷物と一緒に叩き出されるのであった。阿茶吉も同じく。せっかく帰ってきたのにい。

とにかく社長の荷物を大邸宅へ運ぶ五人。

東京五人男 1946 48

東京五人男 1946 49 古川ロッパ 横山エンタツ 花菱アチャコ

先に着いた四人から、手当など何もないことを聞く六郎。そして六郎も…

東京五人男 1946 50 古川緑波 鳥羽陽之助

社長「ああご苦労だった。あ、じゃあもう帰ってもいいよ」

東京五人男 1946 51 古川ロッパ 鳥羽陽之助

六郎「…あの社長さん」
社長「ん?」
六郎「疎開してる子供に持って行ってやりたいんですが…何か分けて頂けないでしょうか」

東京五人男 1946 52

社長「そいつは困るねえ君。お互いに物のない時だから辛抱しようよ。ねえ君」
六郎「……」

うなだれ、無言で会釈して帰ろうとする六郎。

社長「あ、君君。ちょっと待ちたまえ。いいもの上げよう」
六郎「はっ?どうも」

嬉しそうに待つ六郎に、社長は部屋の中から大きな壺を持ってくる。

社長「これはねえ、飛鳥時代の珍品だよ」
六郎「…」
社長「手放したくないけど、君にやろう。ね?特別だよ」
六郎「…どうもありがとうございます」
社長「その代わり内緒だよ」
六郎「はあ」

東京五人男 1946 55 古川ロッパ 鳥羽陽之助

底だけじゃなく側面にも穴の空いている壺。

東京五人男 1946 56

壺を抱えて邸宅を出ようとすると、女中がペットの犬に箸でたっぷりのおかずを食べさせている。それをゆっくりと見ながら通り過ぎる六郎。

東京五人男 1946 57 古川ロッパ

焼野原を眺める五人。

東京五人男 1946 59 横山エンタツ 花菱アチャコ 石田一松 柳家権太楼

辰五郎「おい」
阿茶吉「え?」
辰五郎「あそこにゴミゴミした汚い家があるだろ?」
阿茶吉「ああ」
辰五郎「あれが、お前んちだよ」
阿茶吉「ははは。そーか」
辰五郎「うん」
阿茶吉「あのお前、ゴミゴミしたな、汚ーい家の隣な、あのバイキンの出そうな家」
辰五郎「ああ」
阿茶吉「あれが君とこの家やがな」
辰五郎「あーあの汚い…あ、俺んとこか」
阿茶吉「そうや」

辰五郎「しかし何だなあ、戦争のおかげで、家も街も、めちゃくちゃだなあ」
阿茶吉「もう見る影もないな」
権太「街だけじゃないね」
阿茶吉「ええ?」
権太「人の心も、むちゃくちゃで、情けないよ。他人を押しのけて、自分だけ良けりゃそれでいい、それじゃあ世の中いつまで経っても明るくならないよ。ねえ、みんなで何とかしてこの街を、復興させようじゃないか。どうだろう」
辰五郎「ああ、そりゃ、無理だなあ」
阿茶吉「なんと言うてもな、先立つものは、金やってなあ」
辰五郎「色男、金と力は、なかりけりか」
阿茶吉「誰が色男やねん」
辰五郎「ええ?」
阿茶吉「あはは」
松男「そんな気の弱いこと言うな。五人ががっちり手を握って協力してだ、この街を復興させようじゃないか。金なんか本当じゃないんだよ。みんなの信念だ。やろう!」

東京五人男 1946 63 古川ロッパ

六郎「掛け声ばっかりじゃ駄目だよ。そんなこと言ってる間に実行にかかろうよ。俺はまず家を建てようと思うんだ。あのへん…(壺から手を離して指を差す)あっ」

東京五人男 1946 66

壺が坂を転がり落ちてみんなが笑う。笑っていた辰五郎も転げ落ちてまた笑う。

とにかく焼け跡の中で日常が始まる。

東京五人男 1946 68

東京五人男 1946 70

辰五郎と阿茶吉は路面電車の運転手と車掌に。

東京五人男 1946 70-2

置いて行かれて走る辰五郎。お約束www

松男は配給所の仕分けに。

東京五人男 1946 71

地区は櫻ヶ丘。今の聖蹟桜ヶ丘というあたりなのかしら。
日付は15日。ということは9月にしては厚着だし11月にしては薄着だから10月か。今頃だ。

東京五人男 1946 72

外で待っている大勢のご婦人。

東京五人男 1946 73 石田一松

松男「所長さん、準備が出来ましたから配給してもいいでしょ」

東京五人男 1946 74 高堂国典

所長「いかんいかん、まだ五分もあるじゃないか」
松男「でも、寒いところにあんなに大勢待ってんですから」
所長「いかんいかん。君は規則を知らんのか?」

東京五人男 1946 75

 『配給所五訓』
 一、能率第一主義
 一、時間厳守
 一、量目正確
 一、迅速丁寧
 一、清潔整頓

東京五人男 1946 76

すごい行列。9時を過ぎて配給が始まる。

東京五人男 1946 77 石田一松

初江「十三所帯女七人の五日分」
松男「はい、(大根を測りに乗せながら)次は十三所帯、女七人の~…」
所長「泥を取っちゃ駄目じゃないか。泥を付けたままでやんなさい」

無言で顔を見合わせる職員達。所長はひと睨みして立ち去る。せこーい!

松男「(計測を再開して)…えーと女七人の五日分か?はい、(手渡しながら)十三所帯、女七人」
婦人「ねえ、あのお芋いつ配給して下さるの?もう腐りかけてるじゃないの」

東京五人男 1946 78

これお芋なのね。野菜も俵なのね。

東京五人男 1946 79

松男「あっ、所長さん。あのお芋まだ配給しちゃいけませんか?」
所長「まだ区役所から命令が来てないからダメだよ
松男「(女性に向き直って)…どうも、相済みませんな」

次は二人の幼い子を連れた身重の女性。

女性「お願いします」
初江「はい。えっと六所帯十五人の五日分」
松男「おお、六所帯、十五人。(大根を運びながら)奥さん大変ですねえその体で」
女性「ええ…でも仕方ありませんわ、お当番ですから」
松男「(大根を測って)はい六所帯十五人。ちょっと多いけど、葉っぱだけおまけ。(手提げに入れながら)はい、大丈夫ですか?お大事にしてお帰んなさい。はいどうもありがとう」

そこへドスドスと乗り込んでくるお末。

お末「ちょっと伺いますがね」

東京五人男 1946 80

机に団扇を叩きつけて、

お末「真夏の蚊がブンブンする時に炬燵なんか配給して、寒さが来るってのに蚊取り線香、団扇、ハエたたき。これを一体どうするつもりなんです?やっぱりこれは政府の方針ですか、それともあなた方の怠慢ですか!」
松男「…どうも、恐れ入ります。でも奥さんこれまた、来年使えますよ」
お末「冗談でしょ。今の配給で来年まで生きていられると思ってんですか?」
松男「どうもすみませんです、相済みませんです」

頭を下げる松男。そこへ女性の叫び声が聞こえ、松男達が外に出て見ると先程の身重の女性が倒れ込んでいる。松男は他の職員達とともに女性をリヤカーに乗せ、初江に後を頼んで産婆のところへ連れて行く。…リヤカーに人を!という驚き。

その頃、老婆に配給の手続きの説明をする所長。これ実際の手続きもこんなだったのかな。

東京五人男 1946 81

所長「いいかい?手続きは簡単なんだからね。いっぺんしか言わないよ。よく覚えとくんですよ。品物がもらいたいならね、隣組長の判をもらって、えー町会の、判をもらって、町会で申し込み申請書をもらって、それで区役所行くんです。で区役所にその、申込書をもらってそれに詳しく書き込んで、所帯主の判を押すんです。ね?それで、えー町会、組長、区役所の判をもらって、警察へ行って、証明書をもらうんです。で、お医者へ行って診断書をもらって、それを揃えてここに出せば、渡してあげます。わかったかね?」

老婆「あの…すいませんが、耳が遠いんでもう一度」
所長「だから初めにいっぺんしか言わないと言ってるでしょ、困るなあ。こっちの仕事の能率に関係するんですよ」
老婆「ではあの、いくつ判子をもらったらよろしいんで」
所長「そんなこと初めからわかってるじゃありませんか。組長の班をもらって、いいですか?それから町会長の判をもらって、区役所の判をもらって、警察へ行って、お医者へ行って……あ~何がなんだかさっぱりわからん!困るなあ、とにかくそういうことになってんですよおばあさん」
老婆「でも…今ミルクをもらわないと、孫が死んでしまいますから」
所長「困るなあ、そんなことはこっちの知ったこっちゃないですからねえ」

そこへ松男が口笛を吹きながら帰ってくる。

松男「ただいま!」
初江「お帰んなさい。さっきの方どうしました?」
松男「大変だったよ~。もう今時分生まれてるだろ」
初江「あはは」

老婆を置いてけぼりにしてストーブに当たっている所長。『親切第一』の額がねー。

東京五人男 1946 82

松男「ねえ所長さん。これご相談なんですがね、今も、配給ものを取りに来てる一人の奥さんなんかは、産気づいたりね。留守の間に、空き巣が入ったりね。第一あの大勢この寒空にですね、何時間も待ってるなんてね時間の不経済ですよ。どうでしょうこの配給ものをですね、一括して、こっちで個別に配給してやるってわけにはいかないでしょうか」
所長「そんな面倒なことができると思ってるのか?ちゃあんとそういう指示なり命令なりがない限り、俺の立場として困るよ。余計なこと言うな」
松男「立場?あなたの立場なんて問題じゃありませんよ。問題はですね、どういうふうにして上げたらみなさんの便利になるかということが問題なんでしょ。第一あのお芋だってもう腐りかかってるじゃないですか」
所長「おいおい。君は何も知らんくせに余計なこと言うな。新米のくせに」
松男「新米でも外米でも当たり前のことは言いますよ」
所長「何!?君は、俺に逆らう気か?」

無言で背中を向ける松男。

老婆「所長さま、お願いでございます。どうかミルクを。今頃は、孫が、お腹をすかして泣いてると思います。お願いでございます。お願いでございます…」

松男、後ろの戸棚からミルクの缶を二つ出して、

東京五人男 1946 83

松男「おばあさん、これでしょ?お持ちください。早い方がいいでしょ」
老婆「あっ、あっ、ありがとうございます」
松男「いいんですよ」
老婆「これで助かります」
松男「さあ早く」
老婆「ありがとうございます」

所長「おいおい。手続きはどうするんだよ」
松男「やりゃあいいんでしょ。私がやりますよ。今日中にやりゃあいいんでしょ」

松男は書類を持って出ていくが…

東京五人男 1946 86

会議中や食事中の札に当たって時間がかかるかかる。それでも自転車に乗って軽快に街を走りながら…

東京五人男 1946 87

 ♪ のんき節

 へへのんきだね~
 会~議、会議と~、会議~が、早~く
 会議~は、会~議の、ため~に~す~る~
 次~の、会議~は、いつや~ろ~と~
 今日~も~、会~議を~、してい~ま~す~
 へへのんきだね~

東京五人男 1946 89

歌う松男をすれ違いざまに見て振り返る荷台付三輪の男性とか演出が細かいw
この上と下の画面、自転車に乗ってる松男は大体同じだけど通り過ぎる場所によって風景がかなり違うのね。建物が何も残ってないようなところもあれば、生垣も門扉も住宅も綺麗に残っているところもあったんだなあ…。

その頃配給所では、所長の奥さんが慌てた様子で駆け込んで来て…

所長の妻「あなた、坊やが熱を出して大変よ!早く氷を何とかしてちょうだい」
所長「何、坊やが熱を出した、そりゃ大変だ。冷やさないかん。氷はもういくらでもあるから、これを持って行きなさい」

所長が倉庫から氷を出して運ぼうとしていたところに、判子集めで疲労困憊の石田が帰ってくる。

東京五人男 1946 91

松男「………」
所長「…ん~…お前、手続きは済ませてきたのか…?」
所長の妻「何言ってんですよ。病気の坊や置きっぱなしにして、そんな悠長なことができると思ってんですか?」
所長「悠長…?しかし…」
所長の妻「しかしもクソもあるもんですか。あなたはここの所長でしょ?さっ、早く氷をちょうだい!」
所長「いや~…でもお前…やっぱり…規則は規則だからな…手続きだけは済ませて来ないとな…」
所長の妻「規則はあんたが自分で作ったんじゃありませんか!」
所長「しかしな…」
所長の妻「早く、早くちょうだい」
所長「やっぱり、やっぱりお前、規則は規則だからな…」
所長の妻「あなた!あなたは坊やを殺す気なんですね!よろしい、今夜は御飯食べさせません!」
所長「お、おい~…」

情けない声を出して追いすがる所長。きゃーいい気味。でも夕飯ぐらいでオッケーなんて甘いんじゃなくて。

東京五人男 1946 92

六郎が大きなリュックを提げて農家を訪ね歩いていると…

東京五人男 1946 93

入口の前で紙飛行機になった百円札(聖徳太子!)を拾う。

東京五人男 1946 94

家の中から少年が駆けて出てきて、六郎の手からそれを分捕ると勢いよく空に飛ばす。嫌な予感。ちなみに当時の大卒銀行員の初任給が80円ぐらいだそう。てことは聖徳太子一枚で今の20万円ぐらいの価値なのかなあ…。

東京五人男 1946 95

米俵や絵画、ピアノなどが無造作に置かれた農家のお屋敷。

東京五人男 1946 98

農家の当主に物々交換で食べ物を分けて欲しいと頼む六郎。
この当主が突然すごい風体でびっくりした。かかしみたいな人形みたいな。ここしか出て来ないのに強烈。

東京五人男 1946 100

六郎は妻の形見の銘仙や腕時計、着ている背広などなんでも差し出そうとするが、ことごとく更に良い品をすでに持っているのを見せつけられて意気消沈。

東京五人男 1946 102

しかし別の農家では「疎開先の子供に」と聞くと快く了承してくれる。

東京五人男 1946 104

物々交換でもなく、六郎が持てるだけ持たせてさっさと立ち去ってしまった親切な農家の夫婦に帽子を取って頭を下げる六郎。

東京五人男 1946 105

こちらは権太の勤め先、国民酒場。

東京五人男 1946 106

東京五人男 1946 107

酒を求めて焼け跡の中に行列を作る人垣。をずっと待たせて…

東京五人男 1946 108

酒場の主人は軍需工場の社長と配給所の所長に好き放題酒を飲ませていた。地主の社長は今バラックのある辺りにキャバレーを立てる計画を立てており、配給所の所長はそこに物資を、酒場の主人は酒を横流しして儲けようとたくらんでいる。その計画を早く進めるためにはバラックが邪魔なので、酒場の主人達は実力行使に出ることにする。

東京五人男 1946 110

昼寝中の辰五郎、阿茶吉宅に踏み込んで強引に立ち退きを要求する。

阿茶吉「なんや、何をしよんやあんた」
酒場の主人「さあさ、もうのんきに寝てないで。立ち退いた立ち退いた」
阿茶吉「せっかくええ夢見てんのに」
酒場の主人「愚図愚図言うな」
阿茶吉「愚図愚図てあんた、これぇ私の家でっせ」
酒場の主人「私の家だって、地主様の命令だ」

東京五人男 1946 111

辰五郎「いくら地主様の命令だって、僕達は行くとこがありませんよ」
チンピラA「上野の山でも行けばいいんだ」
辰五郎「上野の山」
チンピラA「そうだ。ほい出てけ」
辰五郎「へ」
チンピラB「おい、早く。これ持て」
辰五郎「どこへ運ぶんですか?」
チンピラB「表だ」
辰五郎「は」
チンピラB「表!」

東京五人男 1946 112

お末「キャバレー天国、女給募集……女給にでもなりましょうかね。あははは」

買い物から帰宅して看板を見たお末とお邦は冗談を言って笑っていたが、

東京五人男 1946 113

家の表に出された家財道具を見て、

お末「何してんの」
辰五郎「引っ越しだよ」
お末「どこへ」
辰五郎「ん~あのー、上野の地下壕だ」
お末「誰が越せって言ったの」
辰五郎「お客さんだよ」

東京五人男 1946 114

事態を把握したお末は無言でたすき掛けになり、辰五郎がそっと箒をアシスト。

東京五人男 1946 115

妻達によって文字通り叩き出される主人とチンピラ達。威勢よく後方支援する夫達。

東京五人男 1946 117

阿茶吉と辰五郎の電車勤務の一風景。路面電車には前方と後方に引手があるベルがあって、それを車掌や運転手が停車等の合図の時に鳴らすみたい。車両の天井の吊革付近に通っているそのヒモを、乗客が揺られた拍子に吊革と間違って何度もつかんで鳴らしてしまう。運転席のエンタツと車掌のアチャコはどちらも相方が鳴らしたものと思い込んで「何の用や」「お前こそ何の用や」の応酬に。見かねて車両真ん中のドアから女性職員が降りてきて喧嘩を仲裁する。当時の路面電車は前と後ろに運転手と車掌が一人ずつ、中程に女性の乗務員が一人の計三人で運行していたのかしら。

配給所では所長の権威がやや弱まったのか、積み上げられたままだったお芋が配給されることに。

東京五人男 1946 お芋の配給 飯田ふさ江

初江「みなさんお芋の配給ですよー!」

東京五人男 1946 118

初江「お芋ー!お芋の配給ですよー!」

初江の高くよく響く声に、粗末なバラックから次々に走り出てくるご婦人達。

東京五人男 1946 119

集まったご婦人達の見守る中、次々と荷物をほどいていく男性職員達。そして松男が歌い出す。

東京五人男 1946 121

のんき節

 へへのんきだね~
 お芋~の、配給~を、する~と、聞いたら
 こんな~に、ご婦人が、集まりま~した~
 婦人参政権の投票のと~きも~
 こんな~に、並ん~で、くれりゃ~よ~い
 へへのんきだね~

 お米~の、代わり~に、お芋~を、食~えと
 おっしゃ~る、お役人は~、何を~食う
 お役~所、仕事~は、暇を~食う
 だ~か~ら、連合軍から、小言食~う~
 へへのんきだね~

 お芋~の、配給~で、忙しいのに
 のんき節を、歌うような、馬鹿が~ある~
 あるか~と、思え~ば、そのまた馬鹿歌を~
 うすぼんやり、聞いて~る、×××、ある~
 へへのんきだね~

ニコニコ聞いていたご婦人方、最後の×××(歌詞はなく溜め)にプイッとそっぽ向くw
この歌詞も石田一松作なのかなあ。うまいなあ。

東京五人男 1946 122

そして大量のお芋を荷開けして、いよいよ配給の時!

東京五人男 1946 123

お芋の配給ブギ (←勝手につけた)

 お芋、そら忙しお芋の配給、そら忙しい
 お芋、(お~)そら忙しお芋の配給(早く~)、そら忙しい
 お芋、(お~)そら忙しお芋の配給(早く~)、そら忙しい
 お芋、(お~)そら嬉しいお芋の配給(早く~)、そら特売だ
 お芋、(お~)そら嬉しいお芋の配給(早く~)、そら大特売(?)

どんどん俵をほどいていく男性達、高らかに朗らかに歌いながら手際よく配給していく女性達。
短いシーンなんだけどここ大好き!楽しくてずーっと歌っちゃう。お芋いいなお芋ー!

東京五人男 1946 124

順番にどんどん配って行って、

東京五人男 1946 125

最後は竹箒でお掃除。お芋とご婦人方の姿がなくなって初めて見える三角地。こういうところ便利だよね。

国民酒場では、多くはない切符でわずかな酒を飲む男性達の中に六郎も。たまたま隣り合わせた男性が、配給でもらった不要な下駄を持て余していると聞いて。

東京五人男 1946 127 古川ロッパ 下駄

客「子供も無いのに子供の下駄なんて入ってたの。しょうがないよなこんなもん」
六郎「あの~、どうでしょうなあ、それ…僕に譲って頂けないでしょうか」
客「……」
六郎「あの~、疎開している子供に、持ってってやりたいんですがな」
客「そうですねえ…(六郎のお銚子を見る)」
六郎「あっ、じゃあ(お猪口のお酒もお銚子に戻して)これとどうでしょう」
客「いいでしょう、上げましょう」
六郎「ああっ、どうもありがとう。いや~どうもありがとう」

不要な下駄でもタダでは譲ってくれないのね!と思ったり飲みかけの酒で譲ってくれるなんて親切!と思ったり。

東京五人男 1946 129

六郎が駅に行くと人だかりができていて、待っている人に尋ねると疎開先から子供達が帰ってくるという。この映画は秋に撮影されたから、本当にこの風景が1945年の秋なんだろうな。

東京五人男 1946 130

東京五人男 1946 131

『櫻ヶ丘、櫻ヶ丘』のアナウンスとともに電車が到着。子供達が改札に走り出てくる。帰還を喜ぶ親達の無数の手。

東京五人男 1946 132

六郎「あっ一郎!」
一郎「あっ、お父さん!」

子供の一郎を見つけて抱き寄せようとすると、引率の男性教師に「式が済むまで駄目です」と離されてしまう。

東京五人男 1946 133

青空の下で進行される、疎開児童の解散式。待ちくたびれる家族達。

東京五人男 1946 134

長く退屈な式が終わり、一郎は閑散とした広場で父の姿を見つけて走り寄る。

東京五人男 1946 135

一郎「お父さん、お父さん!一郎だよ!」
六郎「…ん?あっ、一郎!一郎…!」

東京五人男 1946 136

目が覚めた六郎は一郎の名前を何度も呼んで抱きしめる。こんなふうに疎開していた子供って、どのぐらい親と離ればなれだったんだろう…?いろいろだろうけど、数ヶ月単位ではあるよね。こんなことが当たり前だったなんて。

ていうかこれ六郎がたまたま通りかからなかったらどうなってたんだ…六郎には疎開先から帰ってくるっていう連絡とかなかったのか。徴用工に出てたから音信不通だったとか?あ、そもそも連絡手段がないのかしら。バラックって住所はどうなってるんだろう。一応元々自分の家があった場所に作ってるものなのかな。当時の状況とかわからないことだらけじゃよ。

ロッパの六郎がひときわ哀愁を誘うのは、やっぱり彼だけが子持ちで、妻を亡くして父一人子一人で、疎開している子供のために食糧を求めて農家を訪ね、妻の形見の銘仙を差し出しても「寝間着にもならない」と突っ返されたり、国民酒場で不要の物資を持て余している隣客に頼んで自分の酒と交換してもらったりと、エンタツアチャコの車掌夫婦の荒っぽいけど逞しい生き方や石田や北村の良心と義侠心に満ちた生き方とは趣が違うからだろうか。ロッパ六郎の子供への愛おしみと、一郎の元気で明るい様子とが愉快で涙を誘う。

東京五人男 1946 137

その夜、お月様の下で五右衛門風呂に入る古川親子。

東京五人男 1946 138

ロッパが朗々と歌い上げる、有名なシーン。

 ♪ 狭いお風呂も楽しい我が家

 お殿様でも家来でも~
 お風呂に入るときゃみんな裸~
 裃脱~いで刀も捨てて~
 歌のひとつも浮かれ出る~
 は~しま~で~(?)育てば~娘十六~
 「おっと、一郎は九つだな」
 せ~ま~い~、お~ふ~ろ~も~
 た~のし~い~わ~がや~

 お金持ちでも僕らでも~
 食べる胃袋みんなひとつ~
 一日三合、ニコニコもので~
 歌のひとつも浮かれ出る~
 無事か達者か今頃は~
 「お父さんもずいぶん、心配したんだよぉ」
 痩せた~けどよかったね~
 せ~ま~い~、お~ふ~ろ~も~
 た~のし~い~わ~がや~

 お役人でも僕らでも~
 夜の枕はみんなひとつ~
 頭の中身はどっちがどっちか~
 歌のひとつも浮かれ出る~
 ふざけ~ちゃ、いけね~え
 「なあ、一郎」
 おいら江戸っ子だぁ、べらんめえ、まかしてお~き~ね~
 せがれ~も~い~る~ぞ~
 せ~ま~い~、お~ふ~ろ~も~
 た~のし~い~わ~がや~

イントロと最後がいきなりエノケンの『私の青空』www
これ♪お殿様でも~とか♪ふざけちゃいけね~のところも何かの替え歌なのかな?
合いの手みたいに一郎に話しかけるとこが好き。

東京五人男 1946 140 横山エンタツ 花菱アチャコ

古川親子が気持ちよさそうにお風呂に入っているのを屋根から顔を出して見ている辰五郎と阿茶吉。六郎達が上がると、自分達もお風呂に入ろうとするんだけど、さらに辰五郎が「5円払うから俺を先に入らしてくれ。こいつ(阿茶吉)の後やと汚くてかなわんわ」と頼む。六郎は「そんなこと言わんで二人で入れ」と言い置いて息子と家に入って行く。

東京五人男 1946 141 横山エンタツ 下駄と草履

阿茶吉と辰五郎は「汚いとはなんや」と口喧嘩。阿茶吉が「なんじゃ、片方下駄片方草履でみっともない」と言うと、辰五郎が「両方揃えとったら取られるやろがい」と言う。なるほどー!

東京五人男 1946 142 横山エンタツ 花菱アチャコ

わちゃわちゃ喧嘩をしながらも二人は一緒にお風呂に入る。狭い五右衛門風呂でさっき古川親子は六郎が一郎を抱っこするようにして入っていたけど、辰五郎と阿茶吉はいい年の男二人なのにもうw
ぎゅうぎゅうでアチャコの上にエンタツが乗っている(裸で)という有様ながら気持ちよく二人も歌を歌いだす。が自分勝手に好きな歌を歌ってまた喧嘩。♪花の都の真ん中で~♪しか聞き取れない。「花の都の真ん中で、さて」という歌詞で検索してみたところ、『東京音頭』という歌みたい。盆踊りの歌だそうだから東京の人には今でも馴染みのある歌なのかしら。

その頃、一松も風呂に行ったのか手ぬぐいを肩にかけて「へへのんきだね~」と道を歩いていたところ、配給所の中から荷物を持ち出してリヤカーに乗せて運び出す所長とその一団を目撃する。

東京五人男 1946 143 湯たんぽ

144 古川ロッパ

場面は六郎と一郎のバラックに。隣で眠る息子に「寒いか?今あったかくしてやるからな」と声をかけて、七輪で沸かしたヤカンのお湯を日本酒の空瓶に注いで布でくるみ、「湯たんぽだぞ」と息子の布団に入れてやる。自分は咳やくしゃみをしながら。ちなみに布団は一組しかない。

すきま風(というにはカーテンがはためくほど)が吹き込む窓に、板を打ち直して修繕する六郎。息子に笑いかけながら、

六郎「どうだい、まだ寒いか」
一郎「寒い」
六郎「ええ?じゃあな、湯気立ててやろう」

と七輪からヤカンをどけて紙屑を足して火を強めると、それが瞬時にカーテンに燃え移り火柱が立ち上ってしまう。

東京五人男 1946 145 古川ロッパ

ヤカンを持ってあわあわする六郎。逃げてー!

東京五人男 1946 146 古川ロッパ

息子はいち早く逃げ出して「お父さん早く!」と声をかけ、六郎も外に出てバケツの水で火を消す。思ったよりすぐ消える。よかったー!

東京五人男 1946 147 横山エンタツ 花菱アチャコ

そこへ安心したように風呂の樽を履いて歩いてくる辰五郎と阿茶吉。
なんで底抜けてるんだよwww

東京五人男 1946 148

翌日の日曜日、六郎は本日休診の札が下がっている小児科へ。
診療時間は『自 午前八時 至 午後八時』。こんな書き方するんだな。

東京五人男 1946 149

六郎は寝込んでしまった息子を見てくれるよう頼むが、日曜日だからと取り合ってもらえない。そこで「古川大将の息子さんです」と言うとコロッと態度が変わり、すぐに見てくれるという。

東京五人男 1946 150 古川ロッパ

車夫が不在というので六郎が人力車を引いて医者を連れていく。よたよた。

東京五人男 1946 151 古川ロッパ

古川大将のお屋敷は焼け跡のバラック。

東京五人男 1946 152 古川ロッパ

医者は「詐欺だ!」と帰ろうとするが六郎は引きずるようにしてなんとか家に引き入れる。

東京五人男 1946 154

医者は家の汚さに閉口して診察を嫌がるが、六郎が息子の布団に入れていた湯たんぽ代わりの酒瓶を見て、酒があると勘違い。

東京五人男 1946 155

ご機嫌になって薬も融通してやると言いながら診察。そして勝手に酒瓶のフタを開けて匂いを嗅ぎ、

医者「いい匂いだ」
六郎「いやそれ湯たんぽです」
医者「湯たんぽ!?」

ああん黙ってりゃいいのに~。

東京五人男 1946 157

『簡易住宅 十二月初旬に建築出來る』
『貸家一萬戸を急設 戦災ビルも住宅化 濠舎には修理材配給』
『簡易住宅 來月一斉に賣出し 今年中に五萬五千戸』

新聞に簡易住宅建設の記事が。それを見た一般市民は次々に建設会社の窓口を訪れるが…

簡易住宅係「(申し込みに来た客Aに)…そりゃあ君、材木がなきゃ駄目だよ。資材さえ揃えばいつでも家は建ててあげるよ(ペンで申込書を突っ返しながら)」
客B「あっ、あたしのはね、資材も、材木も、クギもあるんですが」
簡易住宅係「土地はあるかね」
客B「ないんですよ」
簡易住宅係「土地がなきゃ君、家は建たんよ。土地さえ見つかればいつでも家は建ててあげるよ(ペンで申込書を突っ返しながら)」
客C「私は、土地も材料も、ちゃんと用意してあるんですが」
簡易住宅係「大工はいるかね」
客C「ない」
簡易住宅係「大工がいなきゃ家は建たんよ。そりゃあ君、大工さえ捕まえればいつでも家は建ててあげるよ」(ペンで申込書を突っ返しながら)

次は六郎の番。白い紙を差し出す。

東京五人男 1946 160 古川ロッパ 簡易住宅

六郎「すみません」
簡易住宅係「…君、こんな紙一枚で今家が建てられると思ってるのかね」
六郎「(広告を示して)いや、ここにちゃんと」
簡易住宅係「君、これは予定だよ。え?今まで予定通りにいっぺんでも事が運んだことがあったかね。常識を働かせたまえ常識を。え?一体君は本当に家を建てられると思って申し込んだのかね?え?馬鹿な」
六郎「…」

東京五人男 1946 161 簡易住宅

『復興は住宅より 2.400円で家が建つ 安くて!丈夫で!迅速な! 簡易住宅建設株式会社』

窓口に貼られた広告。2400円って、今の500万円ぐらいかな?

東京五人男 1946 163

権太の勤める国民酒場では、一般客を締め出して、今日も社長と所長が飲んだくれている。

東京五人男 1946 164 柳家権太楼

裏で酒の準備をする酒場の主人。その手元にある瓶を見て権太は驚く。

東京五人男 1946 165 燃料アルコール

権太「…旦那!駄目ですよこれ」
店主「シーッ」
権太「これ飲むと首が曲がっちゃうじゃありませんか」
店主「黙ってろい」

東京五人男 1946 166

工業用のアルコールに水を混ぜて出し、自分も飲んでしまう所長。全員しゃっくりが止まらなくなり、ついに首が曲がる。

権太「だから言わんこっちゃない」

東京五人男 1946 167

辰五郎と阿茶吉は薄壁一枚隔てたバラック長屋で、豪勢なおかず(嘘)を相手に聞こえるように言い立てて張り合っていた。

東京五人男 1946 168

ついには様子を窺うあまり…

東京五人男 1946 169

壁が回転してそのまま相手の食卓につき、相手の妻にどやされてまた戻る。
ドリフで見たなこういうのw

東京五人男 1946 170 横山エンタツ 花菱アチャコ

食卓を片付けさせ、辰五郎は妻にレコードをかけるように言い、阿茶吉は妻に三味線を弾かせ、壁の向こうの相手に負けないように大声で歌い踊る。

東京五人男 1946 171

嵐の夜。古川親子が一つ布団を取り合いながら寝ていると、台風で大波が押し寄せてくる。

東京五人男 1946 172 古川ロッパ

社長にもらった壺が一郎の頭に当たり眼を覚ます。家が傾いているのに驚いて急いで父を起こす。

東京五人男 1946 173

六郎達のバラックは鉄砲水に流されて坂を滑り落ち川へ。この時点でよく壊れないなw

東京五人男 1946 174

「大変だぞ」と六郎は板を二枚外して息子と自分とで一枚ずつ持ち、「漕ぐんだ漕ぐんだ」と号令をかけ、壁の内側から板を突き刺して二人で家を漕ぐ。

東京五人男 1946 176

どんぶらこっこ。

東京五人男 1946 178

息を合わせて笑顔で漕ぐ二人。楽しそうなんですけどwww
ていうかこれどうやって撮影してるのすごい。

その頃、辰五郎と阿茶吉の二軒長屋のバラックでも、屋根がめくれたり傾いたりして大変な有様。通りかかった松男と権太の協力もあって窮地をようよう脱出し、この嵐で水没しかけているという社長宅(の地下倉庫)に手伝いに行く四人。

東京五人男 1946 188

浸水した地下倉庫に入った四人の目に入ってきたのは、『軍用』の札のついた物資や配給所流れの麻袋に入った砂糖等、国民酒場流れの各種の酒など大量の物資。自分達がかつて徴用先から運ばされた荷物もそのまま備蓄されているのを見て四人は怒り心頭。

東京五人男 1946 190

地下倉庫から母屋へと運び出す社長、配給所の所長、酒場の主人、チンピラ2名の頭を板切れで次々にポカッとやり、倉庫内に押し込める。画面左下で昇天しているのは間違ってポカッとやられた阿茶吉。

東京五人男 1946 191

三人は失神した阿茶吉を介抱して母屋へ運ぶ。そこへ地下倉庫から電話がかかってくる。

東京五人男 1946 192

社長「タケや、あの四人のあの悪漢は帰ったか!?あ!?」
辰五郎「馬鹿!悪漢は貴様じゃないか!」
社長「あーそうかい。そらどうも失礼」
配給所の所長「(電話を代わって)もしもし、おいおい、石田くんかい。ああ俺じゃよう俺、何とかしてくれよ。そうすりゃね、おい、君を課長にしてやるよ。うーそれにね、えー米一俵やるよ。え?何?何、一俵じゃ駄目じゃ?おい~無理言うなよおい」
松男「駄目駄目!物資を全部配給所へ返してくれますか?」
配給所の所長「何、何全部?おい~全部じゃ殺生じゃよ~。おい~。じゃあな、あと五、五、五俵やるよ、五俵な」
松男「あー駄目駄目!あの物資は全部国民のものですよ!」
配給所の所長「じゃあおい、十俵やる、どうじゃ!」
松男「いけません!何?このへんで手を打とう?冗談でしょ、そんなに簡単には誤魔化されませんよ!」
配給所の所長「えーい面倒じゃ、鮭の缶詰十箱じゃ!」
松男「えーもう一声だ!」
配給所の所長「え~砂糖十貫目じゃー!どうじゃ!」
松男「そんな女々しいこと言ってないで、そっくり渡しなさいよ。ねえ所長さん。配給所は国民の生命を預かってるんですよ。国民の物資を国民に返さないと言うんだったら、一日そこでゆっくり頭を冷やして、胸に手を当ててよーくお考えなさい。ね?」
配給所の所長「何~?駄目だぁ…」

東京五人男 1946 194

酒場の主人「(電話を代わって)もしもし、もしもし、権太か?権太、おい、何とかしてくれよ助けてくれ、だんだん水が増えてくるんだよ!う?なんだ、酒?酒か」
権太「メチルなんて、首の曲がるような酒を飲ませたり、酒を横流しにしたり、あんなことしないで、国民に上等な酒を、たっぷり飲ませてくれますか?」
酒場の主人「ええ、もう、絶対やりません、ええもうやりません…」

東京五人男 1946 198

辰五郎「それからね、僕達に、立ち退きをせいなんて、あんな無茶苦茶なこと、今後一切言わないという約束はできますか?」
社長「わしは泳げんのじゃ。わしのうちはな、飛鳥時代からな、水の中に入らんことにしとるのじゃ。頼む、頼む、助けてくれ!悪かった、全く、俺が全部悪かった。この通り、頭を下げて頼む、頼む!」

こうして四人は社長達から言質を得てにんまり。

東京五人男 1946 202

嵐が去った翌朝。リヤカーにバラックを乗せて笑顔で歩いてくる古川親子。よかった無事だった!
でもなんかバラック小さくなってないwww

東京五人男 1946 204

その頃配給所では、無料の特別配給の告知と…

東京五人男 1946 205

『櫻ヶ丘総合配給所』→『櫻ヶ丘生活協同組合』に札が掛け変えられる。生協?
配給対象の罹災者と罹災者でない人の区別はどうやってつけるんだろう。自己申告かな。

東京五人男 1946 206

配給所の左端ではまず辰五郎と社長が、軍用物資だった純毛の織物と長靴を配給。

東京五人男 1946 207

次は阿茶吉と配給所の所長がレインコートなどを配給。

東京五人男 1946 208

その次は権太と酒場の主人が酒樽や酒瓶から各種酒を配給。

東京五人男 1946 209

最後は松男と初江が真っ白の砂糖を配給。

松男「本物の砂糖ですよ~ガラスの入ってない砂糖!」

ってことはガラスの入ってる砂糖があったのかよ!恐いよー!

東京五人男 1946 210

そして配給後には、演壇が設けられてそこに『組合長當選 石田松男君』の貼り紙が。

東京五人男 1946 211

五人はスクラムを組み、松男が檀上へ。

東京五人男 1946 213

松男「さて諸君。私は何事も、政府に頼らないで実行していきたいと思いますが、いかがでございましょうか」

観衆がワーッと盛り上がる。

松男「で、私は、まず我々にとって一番、必要なものから、実行していきたいと思います。しからば、現在の、我々にとって、最も必要なるものは、何でありましょうか」

観衆が口々にこれまでの不平を言う。

松男「ちょ、ちょっと待ってください」

一度戻ってみんなと相談。

松男「では、まず、第一に、食糧、増産から、実行致します」
観衆の男「土地はあるのか!?」

松男、腕組みして考え、四人の元へ戻って相談。

東京五人男 1946 214

人垣の前にいた社長の腕を引いて檀上に上げる。

東京五人男 1946 216

松男「ご安心ください。土地は、この社長さんが、自分の持っている土地を、我々に、無償で提供してくださりますそうです」
社長「え?」

観衆から歓声が上がる。社長、雰囲気にのまれて観念したのか、

社長「…致し方ありません。提供致します。提供致します」

松男、笑顔で拍手。

社長「私の、三万坪の、大邸宅も、提供致します!」

観衆大喝采。

松男「さて諸君。ただいま、お聞きのように、社長さんは自分の土地を、我々に無償で提供してくださいました。我々の土地が出来たのです。百の計画よりか一つの実行です。我々は直ちに行動に移ろうではないか!」

湧きあがる観衆。そしてエンディングへ。

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『三合配給絶対確保』の横断幕を持って歌いながら行進する人々。

 ♪みんなで働きゃ 日本は平和~

東京五人男 1946 219

『大邸宅を解放せよ!』の横断幕も。いや邸宅は個人の持ち物でいいんじゃ。そして先頭で社長達が持っているのは『組合集団農場』の看板。こんな東京のど真ん中に農場作るの?

東京五人男 1946 220

六郎がよく通る声で歌う。

 ♪ぺっちゃんこに挫けた心と体
 ♪どっこいしょと起こして青空仰ぐ

東京五人男 1946 225

 ♪ハハハと笑えば ホホホと笑う
 ♪心の我が家に明かりもつくよ

東京五人男 1946 226

六郎の後ろを一郎が大きく手を振って歩いてるの。可愛い。

東京五人男 1946 227

 ♪明るい東京 楽しい東京
 ♪僕らの東京 みんなの東京

東京五人男 1946 230

先頭の五人は何を担いでいるのかと思ったら鍬。そうか農場作りに行くからか。
えらく威勢のいいデモにちょっと後ずさってしまうんだけど、古川ロッパの「ぺっちゃんこに挫けた心と体、どっこいしょと起こして青空仰ぐ~」がいいなあ。いい声、いいメロディ、いい歌詞。

東京五人男 1946 231

そして終。

本当に明るい。これが終戦からわずか2ヶ月ほどの東京で、瓦礫ばかりの街で撮影されたものだとは。歌あり笑いあり、社会への風刺あり…そしてちょっと明るすぎるぐらいのエンディング。筋としては勧善懲悪で啓発的な部分もあるけど、コメディやミュージカル部分の軽快さがとにかく楽しい。主役の五人の人気コメディアン達はもちろん、女性達や悪者側の五人、農家のお百姓や酒場の隣客などもみんなそれぞれ心に残ります。

東京五人男 1946 1

そして五人の俳優の経歴がみんなすごい。wikiだけど。
まず石田一松の最初の方を読んだだけで気圧されて溜息が出る。すごい…。

東京五人男 1946 3 石田一松

東京五人男 1946 235

石田一松は1902年11月18日生まれ。広島県出身。本作品撮影当時は43歳。
3歳で実母と生き別れになって、その後4人の継母に育てられてそのうちの3人に虐められたとか…。苦学して広島の名門私立中学に入学したのに20人以上の人夫を相手に喧嘩して退学になり、広島にいられなくなって上京したとのこと。20人って。wikiによるとこの私立明道中学は『硬骨蛮風の校風が遠因で1923年廃校になったと言われている』とあるけど、硬骨蛮風というのはつまりバンカラ的な荒っぽい校風ということ?それが廃校になるレベルってどんなんだ。家を出ていくのを泣きながら引き留めたという末の妹の言葉がつらい。その後家族もその土地にいられず広島市内に転居して、彼の弟妹はそこで広島の原爆に遭って全員亡くなったと…。つまりこの映画が撮影された当時、肉親を亡くしたばかりだったんだ。

10代で上京してからは工場勤めなどを経て法政大学に入学して、その授業料を稼ぐためにバイオリン片手に演歌師になったと。18歳頃から6年間これを続けて予科3年本科3年計6年分の学費を捻出したってすごい。ヤクザともやり合う日々だったとか。演歌師と聞いて知ってるのは『とんかつ大将』の艶歌師吟月(三井弘次)のみなんだけど、演歌師にはバイオリンは必須だったのね。それで吟月もバイオリン持ってたのか。三井弘次のあの役大好きなのよね。ヘタレで可愛くて、佐野周二演じるとんかつ大将が大好きで。

一松が本作でも歌ってる『のんき節』は学生時代、1923年頃に作ったものだそう。インテリ時事小唄というらしい。原曲は別の人の作だけど、それをアレンジして替え歌にして、この映画と同じように社会を風刺する内容だったと。1930年以降に『酋長の娘』などがヒット。当時彼が使っていたバイオリンは孫弟子のなぎら健壱さんが持ってるとか。いろいろへえー。その後吉本所属となり『のんき節』で人気となったけれど、その内容から軍部にも睨まれたそう。

そして1946年4月(この映画の公開から3ヶ月後)に衆議院議員選挙に初当選し、いわゆるタレント議員の第一号に。この映画のラストそのままのような展開だ。それから計4回連続当選。議員になってからも夜はステージに立ち続けたそう。1955年の選挙で敗北し、長年のヒロポン(覚醒剤)中毒で体も弱り、1956年1月11日に胃癌で亡くなったとのこと。この『東京五人男』からわずか10年後の53歳。若い…。この作品であんなに正義感が強く溌剌としていた方がと思うと信じられない気持ち。

この石田一松のお孫さんが豊島区雑司ヶ谷で和カフェをされているらしい。
和カフェらばさん|名前の由来
お孫さんは石田一幸さんといって、店名は一松の代表曲『酋長の娘』からとのこと。今も一松氏の名前と人生が残ってるんだね。…と思ったんだけど今ストビューで見たら閉店されてるみたい?外装は残ってるけど看板がない。残念。お孫さんお元気だといいな。

東京五人男 1946 4 横山エンタツ 古川ロッパ

東京五人男 1946 234

古川ロッパは1903年8月13日生まれ。東京出身。本名は古川郁郎。本作品撮影当時は42歳。
実父は男爵加藤照麿。母は士族の出。華族の生まれながら家訓に従って他家へ養子に出され、古川姓となる。「緑波」の名前は小学生の時に自分でつけた筆名で、芸能界入り後は文筆業と区別して「ロッパ」と名乗ったとのこと。旧制小倉中学から早稲田中学へ転校、在学中に映画雑誌を発行、早稲田第一高等学院から早稲田大学に進学するも1925年22歳で中退。文筆業が主ながら素人芸にも秀で、紆余曲折を経て1932年30歳で喜劇役者としてデビュー。歌でも活躍し、数々のレコードを録音。同時期に活躍していたエノケンこと榎本健一とは「エノケン・ロッパ」と並び称される人気だったそう。へえー。

wiki読んでて驚いたのが、特技だったという「声帯模写」や「はりきる」「イカす」などの新語造語がこのロッパによるものだったということ。「はりきる」なんて普通にもう日本語だわ…。すごいなあ。

全盛期は1930年代後半頃で、数々の舞台公演を成功させ、レコードや文筆業でも活躍したそう。1940年に病気で倒れるも翌年に復帰。さらに時代が戦争に突入したため活躍の場が制限されるようになるが、国民に娯楽を提供するのを使命として活動し続けたと。そして1945年5月の空襲で自宅を失い知人宅に身を寄せる。終戦後は本作品への出演で本格的に活動を再開。12月31日には紅白歌合戦の前身番組『紅白音楽試合』の白組司会を担当。その後は人気の浮き沈みや経済的な問題にも苦しみつつもテレビでも活躍。しかし1950年代に結核を患い、悪癖なども祟って苦しい生活になったと…。そして1961年1月16日、57歳で死去。こちらも若い。こんなに福々しいお顔のどっしりとした雰囲気を持った方の後半生としてはあまりにも…。

でも俳優業以外にも多才だったロッパ氏の活躍は今も多くを知ることができる。youtubeにはたくさんの歌がレコード音源で上がっているし、青空文庫には彼の美食エッセイと日記が。
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person1558.html
結構たくさんある。少し読んでみたけど読みやすい。ちょっとずつ読んでいこう。

ロッパ氏の血縁としては、ご長男が演劇プロデューサーとして数々の舞台等の成功に携わった古川清さんという方だそう。本田美奈子さんのミス・サイゴンをプロデュースしたのも清さんだそうで、こんな記事も。
浅草から東宝へ移った古川ロッパ・菊田一夫と「ミス・サイゴン」プロデューサー古川清の交点
http://diamond.jp/articles/-/65179
古川清さんについてwikiよりも詳しい。
あと元東宮侍従の浜尾実さんはロッパ氏の甥だとか。高貴ですなあ。

東京五人男 1946 240

東京五人男 1946 232

横山エンタツは1896年4月22日生まれ。兵庫県出身。本名は石田正見。撮影当時は49歳。
この人もすごい。父も祖父も医者の家に生まれて、旧制中学を2年で中退して馬賊になると言って家出をしたとか。馬賊て。1914年18歳頃に舞台の道へ。それから様々な職業を転々として、1919年23歳頃に花菱アチャコと一座を組んで『しゃべくり漫才』を試演するも不評。1922年26歳頃に本格的に漫才師となり、東京で活躍。翌年関東大震災に被災。1928年34歳頃に「横山エンタツ」と名乗る。「横山」は兵庫県三田市横山町から、「エンタツ」は浅草前の煙突に似ていたことから。翌年アメリカ巡業に出るも失敗。チャップリンに大きな影響を受ける。1930年34歳頃に吉本に入社、花菱アチャコとコンビを組む。漫才師として初めて背広姿で舞台に上がり、普段の会話風の形式の漫才で人気を博す。これが今の漫才スタイルの元祖であり、漫才ブームの最初だったそう。まさに歴史を作った方だった。花菱アチャコとのコンビは1934年にアチャコが病気で舞台に立てなくなった頃に解消するも、その後も映画などでコンビとして活動。戦後はラジオや映画などで活躍。1971年3月21日、脳梗塞のため74歳で死去。

エンタツ氏の長男は関西テレビの元プロデューサーだったそう。そして次男は花紀京さん。吉本新喜劇のメンバーで、今年の8月に10年以上の長い闘病生活の末に亡くなられたとのこと。新喜劇ってあんまり見ないけどお名前聞いたことあるなと思ったら、Re:Japanのメンバーとして『明日があるさ』を歌っていた白髪で眼鏡のおじさまだった。『明日があるさ』懐かしくてPV見始めたら止まらない。カバー曲だけど、お笑いの人がたくさん集まって次々にパートを繋いだり一緒に歌ったり、ちょっと切ないけどでも無性に明るく元気が出る歌詞とか、この歌の企画そのものと『東京五人男』の製作意図と、通うところがあるような気がしてきた。花紀京さんはちょっと角ばったお顔に眼鏡で、そう思って見るからかもしれないけどエンタツ氏の面影があるよね。いいな。

東京五人男 1946 5 花菱アチャコ

東京五人男 1946 233

花菱アチャコは1897年7月10日生まれ。福井県出身。本名は藤木徳郎。撮影当時は48歳。
生家はお寺だけれど間もなく家族で大阪に移り住み、お父さんは仏壇職人になったとのこと。13歳で山田五十鈴の父・山田九州男の一座に入り初舞台。1914年17歳頃に花菱アチャコと名乗る。「花菱」は生家の家紋から、「アチャコ」は先輩役者の舞台で拍子木を打つ合図が上手くいかないことから付けられたあだ名「アチョンの子」からとのこと。女性名と度々間違えられたとか。確かにw

1925年28歳頃に吉本入社、1930年33歳頃に横山エンタツとコンビを組む。1939年42歳頃、新興キネマによる吉本所属芸人引き抜き騒動があり、その際に吉本から「一生面倒を見る」という一筆をもらっていたため、1945年に吉本興業が一時演芸部門から撤退して所属芸人との専属契約を解除した際にも、例外としてアチャコの専属契約だけは存続されたという。へえー。

1950年代にはラジオ番組が大ヒットして映画化されたり、吉本興業の演芸部門を再開してからは吉本を支え、テレビでも活躍。1974年7月25日、77歳で死去。この『東京五人男』の五人の中では、一番長生きで一番穏やかな後半生だったよう。

そういえば昔見てたドラマ『神はサイコロを振らない』に、エンタツアチャコっていう女性お笑いコンビ(片方が市川実和子)が出てきたのね。変わった名前だなと当時思ってたけど、妙に耳馴染みのいい名前で覚えてた。この横山エンタツ花菱アチャコが名付け元だったんだなあ。ドラマは原作からかなりアレンジされていたらしく、この女性お笑いコンビも脚本家の方のオリジナルのようなので、脚本を書いた水橋さんという方が個人的にエンタツアチャコに何か思い入れがあったのかな。ドラマの中ではそこまで掘り下げられてなかったけど、このコンビ結成のビハインドストーリーなんかも脚本家さんの中にはありそうだわ。

東京五人男 1946 2 柳家権太楼

東京五人男 1946 236

柳家権太楼は1897年10月20日生まれ。東京出身。本名は北村市兵衛。撮影当時は48歳。
大阪で義太夫語りとなる、とあるけど義太夫語りって何?なので調べる。義太夫語りとは義太夫節を語る人で、義太夫節とは大阪の竹本義太夫という人が始めた浄瑠璃の一種だそう。そして国の重要無形登録文化財とのこと。へええ。北村さんはその後東京に戻り、落語家の柳家三語楼門下に入り、柳家語ン太と名乗る。大阪弁の「ゴンタ(やんちゃ)」からの名付けとのこと。ほおお。大正末期に柳家権太楼に改名して、1927年2月に29歳で真打(落語家の身分の中で最も高い)昇進。1939年42歳頃に東宝名人会に所属して新作落語で人気となる。新作落語とは、古典落語に対して大正以降に新しく創作されたものだそう。師匠を上回る人気で東宝の看板落語家となったとのこと。1945年の本作出演など活躍を続けていたが、1950年50代頃から失読症と記憶喪失症となり、家庭問題や契約問題などで苦境に立つ。しかし離婚を経て再婚し、子供も生まれたそう。病気も一度はやや良くなったものの再び症状に悩まされ、仕事にもかなりの支障が出るようになってしまったとのこと。1955年2月8日、57歳で死去。
この方の名前は受け継がれて、現在は三代目柳家権太楼さんがご活躍。


最後に、この映画に映し出された焼け跡、バラック、日常の風景を。

東京五人男 1946 23

東京五人男 1946 24

東京五人男 1946 25

東京五人男 1946 26

東京五人男 1946 45

東京五人男 1946 88

電柱に『SPEED 25MPH(時速25マイル)』の標識が。大体時速40キロぐらいか。

東京五人男 1946 84

東京五人男 1946 116

ここから新しい東京の街が築かれて行ったんだなあ…。
と東京には数えるほどしか行ったことないのに感慨に耽ってしまう。


ところでこの映画を公開当時にご覧になった、作中の一郎と同年齢の方のレビューページを見つけたのでリンクをそっと。

私と映画 (我が青春グラフティー)
http://members2.jcom.home.ne.jp/kyukaidou/eiga-1.html
戦前、戦中の映画の思い出。

戦後編 1)復興期
http://members2.jcom.home.ne.jp/kyukaidou/eiga-2.html
『東京五人男』を初めて見た時の思い出が冒頭に。

こちら大変懐かしい感じのページの作りで、管理人様はもちろんかなりご高齢のようななんだけど、様々なコンテンツがあって中で特に驚いたのが昨年松岡修造氏がテレビの収録で自宅に来たというところ。すごい。


本作品と同シリーズなのか同じ東宝で『音楽五人男』という作品もあるので、そちらもいずれ見てみるつもり。ロッパ以外の出演者は違うみたいだけど、またたくさん歌が聞けるといいなあ。あと日本映画データベースには載ってないけどデビュー間もない久我美子も出ているらしい。16歳の久我美子…!これは見なければ。
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