きことわ 朝吹真理子

2013.10.17.Thu.04:11
明治のお嬢さま、朝吹磯子嬢の曾孫にあたる朝吹真理子の第144回芥川賞受賞作。
物語は貴子(きこ)と永遠子(とわこ)、二人の少女の25年前の記憶から。永遠子の母は葉山にある別荘の管理人をしており、その別荘に東京から年に一度やってくる家族がいた。その家族の娘が貴子。二人の年の差は7歳。つまり現在の二人は、永遠子40歳、貴子33歳。二人は昔とても仲が良くて、貴子の滞在中永遠子は逗子から毎日通ったり泊まったりしていつも一緒にいた。でも貴子の母が亡くなってから家族が別荘を訪れることはなくなり、以来25年間二人は会うことはなかった。しかしある日、その別荘がとうとう処分されることになり、そのままになっていた家財道具などを片付けに来た貴子と、管理人の母に代わってその手伝いをすることになった永遠子が25年ぶりに再会する、というのがこの物語のあらまし。ちなみに「家族」と言っても父・母・娘ではなく、母・娘・叔父(母の弟)の三人。貴子の父は医者で、あまりまとまった休みが取れず、またこの別荘は母方の祖母が買ったものなので、別荘にはこの三人で来ることになっていた。

面白いか面白くないかと言うと、面白いです。私は好き。ただわからないのは、作中の怪奇現象が何も解明されず終わっていること。不自然なくらいそのまま。こういう風に書きたくて書いたんだろうからそこをどうこう言うのは意味がない気もするんだけど…でも読者はほぼみんな「?」ってなったまま終わるんじゃないかなこれ。それともこの現象を澱みなく解説できる人もいるんだろうか。不思議なこともあるもんだね、で済ますには目撃者がいたり時系列で不可能なことにわざわざしてあったりして、もしかしてミステリーなのかと一瞬思ってしまった。何か意図したところがあるのかもしれないけど、それがわからないのでやっぱりもやもや。

ただ好きは好き。とても心地よい文章。この文章自体に好き嫌いが分かれるという評を読んで驚いた。こんなに普遍的でやさしく、美しい、まどろみそのもののような文章なのに。冒頭、永遠子がうたたねをしていて何度も夢から覚めたと思ったらまた夢で…というシーンがあるのですが、読んでいて本当に眠くなって作中の永遠子と同じように、夢から覚めたと思ったらまだ夢で、この本の続きを読もうとして夢だと気づいて起きたと思ったらまた夢で…となってしまってちょっと笑ってしまった。作中のこの夢から覚めても夢、それに気づいて起きたのもまた夢、という描写が素晴らしいです。この物語の最初の一文からして「夢」で始まっているし、昔と今の場面が行ったり来たりして、全体に夢のような浮遊感、曖昧さが漂っています。

他に描写が特に素晴らしいと思ったのは、冒頭で永遠子が見ている夢の中、25年前のある日4人で車に乗っている時の、永遠子と貴子二人のじゃれ合い。車内ではしゃぐ子供同士の体温や肌の質感がすごく生々しい。そして貴子と永遠子の再会の時の、百足のところ。どんな風に二人は再会するんだろうとドキドキするあまりちょっと不安でいたら、貴子が飛び出してきて「百足が出た!」と言うの。このシーンだけでも、私はこの作品が好きだと思った。それから25年ぶりの別荘での描写。

ひとしく流れつづけているはずの時間が、この家には流れそびれていたのか、いまになってすこし多めに時を流して、外との帳尻を合わせようとしているのかもしれなかった。


長い間捨て置かれた別荘は意外にもそんなに傷んでいなくて、雑草が生い茂り、壁も朽ちて中は虫の住処…という惨状を想像していた貴子は少し面食らう。人が住んでいないから、虫も来ずそんなに荒れていなかったかつての夏の別荘。この一文に、

待ち合わせの時間までにこの家の時間は外に追いつくのか。


と続きます。別荘は人がいた頃、建物が息をしていた頃とほぼ変わらない姿。でも確かにある違和感。折り畳まれたテーブルクロス。そこに置かれたまま家と同化してしまったかのような生活用品。空白の時間を早送りで巡らすような…時間の急な動きによるいびつな苦痛が、私にはたまらないものでした。親しい人の死を思い出さざるを得ない状況になった時の気持ちに似ている。時を止めていたのに、急に現実に持って来なくてはいけなくなった時のような、理不尽を感じつつもそれを迎え入れなければいけない仕方なさ。自分でわかっているから、自分の中でこごらせるしかない一つの不愉快。…この場面には別にそういう負の心理は働いていないんですが、そういう感情を呼び起こされた。ことに対する感動がありました。

あとこの物語で好きなところ。25年前のある日、三浦半島の岸壁の地層の白い部分が海鵜の糞の堆積だと永遠子が言うところ。貴子の叔父の言葉「雲量」。麻婆豆腐の隠し味のウィスキーひと匙。蓮根の甘酢漬け。この蓮根の甘酢漬けについては納得が行かないです。なんでレシピ書いてくれないのー!?って今でも不満。だって作りたくなるんだもん。麻婆豆腐も。だからウィスキーは書いてるのに!って。知りたかったな~。最後のシーンがこの甘酢漬けなんだもん。書き忘れてるんじゃないの?って割と本気で思ったw

文章は本当に美しい。ひらがなと漢字を目で追うだけで蕩けてしまいそう。そこにあるものを見えた順番に記していったような静かな描写。ついに出てこない二人の名字。古語のようで古語でないタイトル。この響きが最初に浮かんで、それから二人の名前を付けたのかしら。「きことわ」口ずさむと本当に美しい音の響き。


これを機に、とうとう朝吹磯子嬢の自伝「八十年を生きる」を手に入れました。初版帯付。嬉しすぎて…封を開けるのに一週間ぐらいかかりそう。
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