生命の冠 1936

2013.08.18.Sun.00:27
生命の冠 1936 85 岡譲二 井染四郎

監督:内田吐夢 原作:山本有三 脚色:八木保太郎 活動弁士:坂本頼光
出演:岡譲二、瀧花久子、井染四郎、原節子、見明凡太郎、伊沢一郎、菊池良一、鈴木三右衛門他
製作:日活 1936年サイレント短縮版55分

あらすじ:南樺太の真岡で蟹缶工場を営む有村兄弟。清潔な志を守り通そうとする兄恒太郎と、合理性を重んじる弟欽次郎は、ある日漁へ出た二号船が沖で消息不明になったのをきっかけに、工場の経営について対立していく。海外からの大量注文の納品と、工場の乗っ取りを目論む会社への借入金の返済、その両方の期日が迫っていた。
15歳の原節子の出演作再び。とはいえデビュー翌年、9本目の本作では誕生日目前だったのでほぼ16歳の原さんです。主演ではないので原さんを目当てに見るとちょっと肩すかしかもしれないけど、1930年代の北方領土(舞台は南樺太真岡だが撮影地は国後島東岸古釜市)の風景や、サイレント+活動弁士(現代の方)の取り合わせなどが珍しく、また製造業者の経営理念とは何かを考えさせられる、静かに心に響く名作でした。

物語は弁士による語りから始まります。

『冬過ぎてなお、寒さ厳しい北の荒海へ出て、蟹漁に命をかける男達がいた。時は1930年代。所は南樺太、真岡。樺太西側の中心都市であり、港湾都市として栄えるこの町には、多くの缶詰工場が存在した。本編の主人公、有村恒太郎、欽次郎の兄弟が経営する工場も、その一つであった』

生命の冠 1936 22 岡譲二

有村恒太郎(岡譲二)は漁から戻った漁夫達にお茶を入れながら、蟹漁の船一艘につき網は千反という規則に外れることのないようにと注意する。しかし漁夫達はそれには不満があり…

漁夫「舟一艘に網千反より餘計に持つちやいかんなんて、そんな規則を守る奴は居ねえ。みんな二千も三千も使つてゐるんだ」
恒太郎「そうぢやないんだ。僕は他の工場の事を云つてるのぢやない。うちの君達が正しくやつてくれる事を頼んでゐるんだ」

生命の冠 1936 29

漁夫「ね大將、わし等がこんな事を云つても怒らねえで下さいよ」
恒太郎「僕は怒りやしないよ。遠慮なく話してくれたまへ」
漁夫「ぢや云ひますがね。大將は本当に馬鹿正直すぎまさ。その爲に今までにだつてどれ程損をしてるか知れやしないんだ。わし等毎日どの工場の船よりも大漁がしてえ。同じ工場の仲間でも他人の船よりも大漁がしたいよ。だから今日の漁で負けりゃ、明日は意地でも大漁旗おつ立てゝ帰らなくちゃ――実際、船頭はやつちゃあゐられませんや。せめてもう五百反づゝでいゝから、網をふやして貰ひたいんでさあ」

事務机に腰かけていた弟欽次郎(井染四郎)も漁夫達の意見に賛同する。

欽次郎「兄さん、網をふやしてやつてみやうじゃありませんか。実際今年はどこでも血眼ですよ。何しろ三年越しの不漁ですからね。それにローゼンと契約しただけでも製品が出来なければ賠償金を拂はなければならないんですよ」

皆の意見を聞いた恒太郎は立ち上がり、静かに語りかける。

恒太郎「僕にしたところで誰よりも大漁がしたい。がしかし以前のやうにみんなが競争で船や網をふやしたら、君達も知つての通り年々蟹がとれなくなって、一時は共倒れをしかけた事もあつたぢやないか。規則で船や網の数を制限して蟹の繁殖を保護するのは、とりも直さず自分達の生活を保護する事になるんだからね。遠山君、君は先刻僕の事を馬鹿正直だと云つたけれど、それは君の見当ちがひだ」

押し黙る欽次郎と漁夫達。

生命の冠 1936 40

生命の冠 1936 41

生命の冠 1936 42

乾いた空に照らし出される銀世界と、幼い子や若い女工達が懸命に働く姿。

白い雪の中の低い木造の屋根と煙突の煙が、なんだか日本のようで日本でない場所のように感じられて、ノスタルジーとはまた別の感動がありました。戦前日本の一部だった場所に、こんな風景があったんだと。正直『真岡』と聞くとあの電話交換手達の悲劇が思い出されて、映画を見ているだけなのに少し胸にこたえるんだけども、これは真岡じゃなく国後島なのだと思えばそれはそれで、真岡の悲劇と同じちょうど今頃(8月15日以降)ソ連軍に占領され、住民が追い出されてしまったそうなので、そこにもまた不幸な歴史があるのでした。このロケで使われた『碓氷製缶工場』でも、ソ連軍に工場の設備などを一通り教えさせられた後でみんな追い出されたと、根室に残る子孫の方が本作が付属している新潮45の2011年3月号のインタビューで語っています。つまりこの映画にエキストラとして出演している碓氷工場の本物の女工さん達の中にも、その苦難に遭われた方がいるかもしれないということ。この映画には北方の現実が写っている。そう思うと、実際と同じようにテキパキと、でもやっぱり映画出演にはしゃいでいるかのような彼女達の笑顔に、若い日本の活気と哀しみとを同時に見る思いがして、やはり胸が痛みます。

生命の冠 1936 44

物語はある日、漁へ出た二号船が戻らないことで展開していきます。

生命の冠 1936 47

恒太郎「どうも気になるなあ」
漁夫「大將、心配しなさんな。船頭は遠山ぢやないですか」
恒太郎「いや遠山だから、なほ心配なんだ。あれは漁をしたがって居たからなあ」
漁夫「いやあ、大丈夫。朝になりゃ帰って来ますよ」

漁夫達は恒太郎を気遣いながらまた漁に出て行く。残ったのは恒太郎と欽次郎の兄弟二人。

生命の冠 1936 57 岡譲二 井染四郎

恒太郎「欽次郎、お前も寢たらどうだ」
欽次郎「兄さんは?」
恒太郎「俺はもう少し起きて居やう」
欽次郎「ぢや、お先に。お休みなさい」

生命の冠 1936 60 岡譲二 井染四郎

生命の冠 1936 63 岡譲二

虚空を睨みつつ、朝までまんじりともせず二号船の帰りを待ち続ける恒太郎。そこへ汽笛が…

生命の冠 1936 67 岡譲二

「帰ってきた!」と微笑んで、表に駆けてゆく恒太郎。しかし…

生命の冠 1936 70 岡譲二

そこにはいつもと同じ寂しい荒海が広がるばかりで、船の姿はどこにもなかった。

生命の冠 1936 73 井染四郎 滝花久子 原節子

起床した欽次郎は事務所にいるはずの兄がいないので不思議に思い、食堂で配膳の準備をしている義姉に尋ねる。

欽次郎「姉さん、兄さんどこへ行つたか知りませんか」
昌子「事務所に居ない?」
欽次郎「事務所に居ないんです。おかしいな」

ちなみに女性二人の後姿、左が恒太郎の妻昌子(滝花久子)、右が兄弟の妹絢子(原節子)。

生命の冠 1936 76 井染四郎

欽次郎は兄を探して屋外に出る。

生命の冠 1936 77

生命の冠 1936 78 岡譲二

兄は一人、海を見渡す岬に立っていた。

生命の冠 1936 81 岡譲二 井染四郎

欽次郎「どうしたんですか、兄さん」
恒太郎「探しに出やうぢやないか」

生命の冠 1936 88 岡譲二 井染四郎

欽次郎「探すって、遠山の船ですか。大体間違ひないと思ふんですが。今日一日待ってみやうぢやありませんか」

生命の冠 1936 93 岡譲二

恒太郎「いや早い方がいゝ。俺は何だかいやな豫感ばかりしてゐるんだ。直ぐ出やう」

生命の冠 1936 95 岡譲二

生命の冠 1936 96 岡譲二

普段は事務所に詰めている恒太郎が甲板に立ち、海面を注意深く探索する。不謹慎だが普段時のインテリぽい雰囲気と打って変わって海の男という出で立ちの恒太郎がカッコイイ。

生命の冠 1936 102 岡譲二 井染四郎

しかし何も手掛かりが見つからず帰宅する日々が続く。コートを脱いで現れるスマートなダンディ。

生命の冠 1936 105 岡譲二 滝花久子

いつも穏やかな恒太郎の面に焦燥と疲労の色を見て妻の昌子も心配げ。とりあえず食事を勧めるが、恒太郎は探索の電報をチェックするため、まず他の漁夫達に休憩をとらせることにして自分はまた事務所に詰める。

漁夫達が向かった食堂では女達が給仕の支度をしていて…

生命の冠 1936 112 滝花久子 原節子

生命の冠 1936 114 滝花久子 原節子

左端の徳利を持った女性が原節子。こんなに荒い画像でも目鼻立ちの美しさが際立ってます。

事務所では、残った恒太郎に欽次郎が漁の再開と工場の再稼働を求める。

生命の冠 1936 123 岡譲二 井染四郎

欽次郎「兄さん、探すのは一旦切り上げませんか。何時までも工場も船も休ませておくわけにはいかないでせう。船は一艘失くしてゐるし、また今年の様に不漁ぢやうかうかしてゐると契約の半分も製品が出来なくなりますよ。今日久富商会の片柳から皮肉な電報が来てゐたんです。『先日の件、当地山田工場と契約す。御安心を乞ふ』と云ふんです。この間の注文を断つたからですよ。片柳が近頃山田工場を買収するとか、うちの工場を買ふなんて方々で云つてゐるそうですよ。そんな事を考へると、きっと何か彼奴は企んでゐるんです。これだけ探して何の手がゝりもないんですから、仕方がないぢやありませんか」

生命の冠 1936 130 岡譲二 井染四郎

恒太郎「だが俺はまだ絶望してゐないんだ。絶望する様な材料は何も見つかってゐないんだ」
欽次郎「ぢやあ、まだ探すんですか」
恒太郎「うん。矢張り探そう」
欽次郎「いつまで」
恒太郎「いつまでだか、それはわからない」
欽次郎「兄さん、それぢやまるで無茶ですよ。どんな事業だって、犠牲者はあるんです」

生命の冠 1936 131-2 岡譲二

恒太郎「この事業で人の命を奪つたとすれば、それは僕が奪つた事になるんだ。かういふ場合には犠牲者を出しても止むを得ないと云ふ根本的な理由さえ解れば、僕は今からでも仕事が出来る」

厳しい顔で欽次郎に向き直る恒太郎。

欽次郎「兄さんが夢の様な事を云つて何時迠も仕事をしなければ、契約違反でローゼンには賠償金を取られるし、仕込みの金では久富に工場の権利を投げ出さなければならなくなるでせう」

欽次郎は納得できず不満をぶつけるが、恒太郎の意志を覆すことは無理だと判断、兄が探索に出ている間に内密に船を出して漁を再開する。そして兄が戻る前に事務所に戻り、出迎える。

生命の冠 1936 140 岡譲二 井染四郎 滝花久子 原節子

欽次郎「兄さん、お帰んなさい」
漁夫「若大將、この帽子にや見覚えねえですか。確かに十三人の連中のもんにや違ひねえと思ふんだが」
欽次郎「どこにあつたんだ」
漁夫「南へ四時間ばかりの沖です」

漁夫が帽子を兄弟の前に置いて見せると、台所仕事をしていた昌子と絢子もそちらに目を向ける。

生命の冠 1936 151 滝花久子 原節子

生命の冠 1936 152

絢子「北村さんのだわ」

即座に声を上げる絢子。

生命の冠 1936 154 滝花久子 原節子

生命の冠 1936 157 滝花久子 原節子

ハッとしたように改めて帽子を確認する漁夫達。

漁夫「そうだ、北村のだ」
漁夫「あゝ、あの青森縣から来た若い男か。可哀想な事に…」

生命の冠 1936 160 岡譲二 井染四郎 滝花久子 原節子

生命の冠 1936 163 岡譲二

帽子を大事そうに手に取る恒太郎。

生命の冠 1936 167 滝花久子 原節子

生命の冠 1936 168 滝花久子 原節子

帽子から目をそらすようにうつむいていた絢子が、こらえきれぬ様子で食堂から出て行く。ここまで北村(伊沢一郎)は一度も出てきていないんだけど、おそらく短縮版でない本編には出演シーンがあったんだろうな。そして二人はたぶん恋人同士のような間柄。…見たかった。

二号船の遺留物が揚がったと聞いて駆け込んで来た遠山の妻などを宥めながら、他の漁夫達も食堂を出て行く。そこへ缶工場の工員が出来上がったばかりの缶詰を持ってやってくる。欽次郎が再開させた漁で獲った蟹で作った缶詰である。

生命の冠 1936 182 岡譲二 井染四郎

欽次郎「兄さんには内密でしたが、僕の獨断で今日から仕事を始めさせました」
恒太郎「暫く機械を休ませて置いたから、注意をしてやつてくれてるかね。一つ開罐して見せてくれないか、どんな肉だか」

無断で漁を再開して工場に指示を出したことには何も言わず、缶を一つ手に取る恒太郎。

生命の冠 1936 184 井染四郎

一瞬目を泳がせる欽次郎。

生命の冠 1936 187 岡譲二 井染四郎

工員も戸惑いの表情を浮かべながら、開缶したものを恒太郎に差し出す。

生命の冠 1936 189 岡譲二

生命の冠 1936 190 岡譲二

中の蟹の身を手に取って見て、怒りを露わにする恒太郎。

生命の冠 1936 193 岡譲二 井染四郎

恒太郎「雌蟹ぢやないか、こりゃ。欽次郎、お前がこんな品を作らせたのか。何故こんな品を作るんだ。ローゼンとの約束は一等品だつた筈だ。全部かうか」
工員「はあ、いゝえ全部ぢやあないんですが…」
恒太郎「ぢやあ、悪い方の罐を全部切つて雌蟹を捨てゝ詰め直してくれたまへ」
欽次郎「全部やるんですか」
恒太郎「うん。気の毒だがやつてくれたまへ」
欽次郎「兄さん、僕はもう仕事をやめます。僕の気持は兄さんに判って貰へないんだから」

生命の冠 1936 205 井染四郎

欽次郎「僕だつて雌蟹を一等品の罐詰にしてはいけないぐらひよく知つてゐますよ。しかしこの場合、どんな事をしてでも、久富とローゼンの契約だけは果さなければならないでせう。二十日間にローゼンの契約の方だけ仕上げるにしても、以前の様に蟹が沢山とれて船が四艘あつても難しいですよ。片柳の奴は噂の通り山田工場を買収してしまつたし、この次にあいつが狙つてゐるのはうちの工場なんですよ。今こゝで大損をして、金で縛られたらどうもがいたつて破産より他に道は無いぢやありませんか」

生命の冠 1936 210 岡譲二 井染四郎 滝花久子

恒太郎「お前はどんな事をしてもこの工場を維持しやうとするから…。工場は良い製品を作るのが目的であって、工場を経営する爲にはどんな事をしてもいゝといふ事はないんだ。まして今度は外国人相手の取引だ。日本人の面目としても立派な製品を作つて送るのが当然の務ぢやないか」
欽次郎「兄さんもう理想論はやめて下さい。この場合どうすればいゝか、それを聞かせて下さい」

生命の冠 1936 223 岡譲二

恒太郎「お前の云ふ通り成算がないとすれば、他から蟹を買はうぢやないか。それでとにかくローゼンの方の契約だけでも果さう」
欽次郎「久富の方はどうするんです。工場や船が担保で仕込の金を借りてるんですよ」
恒太郎「うんそうだ、久富の方は…」

恒太郎が言いかけたところに、一通の電報が届く。

生命の冠 1936 246 岡譲二 井染四郎 滝花久子 原節子

欽次郎「何んの電報です」
恒太郎「罐がまた三割がた値上げだ」
欽次郎「悪くなる時はどこまでも悪くなるんだ。兄さん、うちは破産しますよ。僕の計劃した様にやらうぢやありませんか」
恒太郎「いや、それは出来ん」
欽次郎「兄さん、いつまでそんな事を云つてゐるんです。一体どうしようと云ふんです」

生命の冠 1936 258 井染四郎

立ち上がって言い募る欽次郎。見守る妻と妹。

生命の冠 1936 261 滝花久子 原節子

それまで恒太郎は穏やかな表情を崩さず欽次郎の言い分を聞いていたが、

生命の冠 1936 263 岡譲二

生命の冠 1936 264 岡譲二

生命の冠 1936 266 岡譲二

一転、厳しい顔で欽次郎を見据え、これからの処し方について言及する。

恒太郎「ローゼンの契約が終つたら、船も工場も全部久富に投げ出して、男らしく頭を下げて城を明け渡さうぢやないか」
欽次郎「いやです。そんな事をするくらひなら賠償金を拂つて遊んでゐた方がいゝんだ」

自暴自棄になったように乱暴なことを言う弟の手に手を重ねて、恒太郎は説き続ける。

恒太郎「製造業者はたとへ損をしても、契約した製品を送るのが務ぢやないか。お前の云ふのも無理もないが、しかし、正しい事をして貧乏するなら仕方がないぢやないか。欽次郎、やれるだけやつて見よう。それで破れたら潔く二人で討死しようぢやないか。これは昌子にも絢子にも判つて貰へると思ふんだ。そうして新しく踏み出さうぢやないか。ね、欽次郎」

生命の冠 1936 283 滝花久子 原節子

生命の冠 1936 288 井染四郎

しばらく俯いていた欽次郎だったが、やがて顔を上げ、兄の決断に頷いた。

欽次郎「…兄さん、判りました。やりませう」

兄弟の方針が一致したことで工場の操業予定にも目途が付いたため、漁夫や工員にもそれを周知することに。

生命の冠 1936 298 岡譲二 井染四郎

恒太郎「一等品二千箱が出来上り次第、今年の蟹場は一時中止したいと思つてゐる。従つて、みんなの契約した月よりは二か月も早く切り上がるわけだ。両親のそばへ帰りたいと思ふ人は帰つてくれたまへ」

休暇予定が早まったことに喜ぶ工員たち。作業にも精が出、恒太郎欽次郎兄弟が他社から蟹を手配してきたこともあって、期日までにローゼン納品分の製品は出来上がった。

生命の冠 1936 304 岡譲二 井染四郎

有村缶詰工場最後の日、工場の煙突から出る煙を二人で見上げる。

生命の冠 1936 305 岡譲二 井染四郎

そしてこの日は、二号船乗組員達の法要の日でもあった。祭壇を設え、手を合わせる参列者達。

生命の冠 1936 313 岡譲二

漁夫「早えもんだの。もう四十九日か」
遠山の妻「死骸(なきがら)は上らないが、旦那様にこんなにまでして貰へば、うちの人だつてみんな浮かばれるよ」

生命の冠 1936 316 岡譲二 滝花久子 原節子

生命の冠 1936 320 滝花久子 原節子

悲しみを湛えた表情で祭壇を見つめる絢子。

生命の冠 1936 324 滝花久子 原節子

生命の冠 1936 325 岡譲二

全ての仕事を終え、事務所に集まる有村家一同。

生命の冠 1936 334 岡譲二 井染四郎 滝花久子 原節子

恒太郎「欽次郎、ローゼンへ一つ電報打つておいてくれないか。契約の製品が全部出来たから明日発送するつて。それから久富の方へもだね、契約に反した事を詫びて一本打つといた方がよからうな」

そこへ入室してきたのは、久富商会の片柳。

生命の冠 1936 345 岡譲二 井染四郎 見明凡太郎

片柳「や、今日は。皆さんお揃ひで」
恒太郎「やあ片柳さん。ようこそ、まあどうぞ。実はね片柳さん。今あなたの所へ電報を打たうとしてゐた所なんですよ。あなたと契約した品が出来なくなりましたんで、まあお詫びをしようと思つてゐたんです」

生命の冠 1936 355 見明凡太郎

片柳「お詫びと云ひますと、何か具体的な…」
欽次郎「あんたからこの事を本社へ報告してもらへばそれでいゝんです」
片柳「ぢや有村さん、あなた方はこれから…」
恒太郎「いや、まだ自分達の事は考へて居りません。欽次郎、片柳さんに工場の方を一度見て頂いた方がいゝかも知れないね」
片柳「いやかまわんでおいてくれたまへ。僕達は勝手に見て帰るから」

欽次郎の激昂をかわすように早々と退出していった片柳を見送り、恒太郎は妻と妹の肩を抱く。

生命の冠 1936 371 岡譲二 滝花久子 原節子

恒太郎「これで何もかも、済んでしまつたね」

生命の冠 1936 376 岡譲二 井染四郎 滝花久子

ほっとしたように恒太郎の腕によりかかる昌子と絢子。事務所を見回していた欽次郎が、壁に飾ってある蟹の剥製に目を止め、義姉に尋ねる。

生命の冠 1936 380 岡譲二 井染四郎 滝花久子

欽次郎「姉さん、あの蟹はいつ造つたんでしたかね」
昌子「そうね、工場を始めた年ぢやなかつたかしらん」
欽次郎「そうでしたかね。兄さん、覚えてゐますか」
恒太郎「うん、一番最初にとれた蟹なんだ」
欽次郎「ぢやあの蟹はもう七年もこの部屋を見下ろしてゐるわけだなあ」
昌子「随分色んな事を見たでせうね」
欽次郎「来年の漁期には、片柳なんかがこの部屋で悪い相談でもしようもんなら、人間は良心を欺いてはいけない、なんてあの蟹が云ひ出すかも知れませんね」

恒太郎が微笑んでつぶやく。

恒太郎「哲学で思い出したんだが、たしか黙示録の中に『爾、死ニ至ルマデ忠信ナレ。然ラバ我レ爾ニ生命ノ冠ヲ與ヘン』と云ふのがあつたよ」
欽次郎「ぢや僕達はみんな生命の冠を貰ふわけですね。でも僕のなんか一番小さい冠かも知れませんね」

明るく笑い合う四人。

生命の冠 1936 396 岡譲二 井染四郎 滝花久子 原節子

タイトルの『生命の冠』ってどういう意味だろう?と思っていたんだけど、こういうことだったんだね。最後にストンと落ち着く、気持ちの良い作品でした。現実的なことを言えば、工場は人手に渡り、財産もおそらくあまりない状態でまた一からのスタートになるというのはなかなか厳しい状況なんだけど、人を雇用して、商品を作って売るということについてはこうあるべきだ、理想を捨てるべきではないんだという、製作側の熱意を感じました。「正しい事をして貧乏するのなら仕方がない」「契約は契約通りに果たすべき」「日本人の面目としても立派な製品を作ろう」80年近く前のこの言葉。自分も胸に刻みたい。

この作品はトーキー移行期に製作されたため、地方ではまだトーキー上映の設備が整っていなかったということもあり、サイレント版とトーキー版が作られたとのこと。そして現存しているのはサイレントの短縮版のみということで、日活のサイトによれば実際は94分あったらしい。短縮版にカットされた場面の中にきっともっと原節子の登場シーンもあっただろうし、伊沢一郎演じる北村さんも写っていたんだろうな。二人のシーンなんかもきっと。見たかったなあ。本作付属の新潮45のカラーページに撮影時の写真があったので貼っておきます。「魂を投げろ」でも共演していたけど、伊沢一郎さんと原さん、お似合いだわ。

生命の冠 1936 原節子 岡譲二 伊沢一郎

この伊沢さんがかぶってる帽子が、後で見つかる唯一の遺留物ですね。この三人のシーンがあったというのが、この短縮版の内容からは想像もできないので、すごくもどかしいです。見たい。

最後にスチールをもう一枚。

生命の冠 1936 原節子 岡譲二

こちらは原さんの写真集などにも何度も収録されているもの。こんなシーンも短縮版にはなかったんだけど、本編にはあったんだろうか。あったんだろうな。くそー。つかもしかしてこの作品のスチール、この2枚ぐらいしか残ってないのかな?日本映画写真データベースにもないし。惜しいことだ。

岡譲二さまは写真よりも動いている時の方が断然男前。今回原さんももちろん美しかったけど、岡譲二さまは役柄も相俟って聖人というか大天使のようでした。澄んだ目と白い顔、綺麗に撫でつけられた黒髪が美しかった~。まあ白い顔、ってのは白黒だから当然なんだけど笑

また今回初めて”活動弁士”の語りありで映画を見るという体験をしたのですが、案外すんなりと楽しめました。字幕にないセリフなども喋ってくれているのは、元々の台本(当時の)とかがあるのかな。それともこの坂本頼光さん(まだ34歳。お若い)という方が脚色して入れているのだろうか。その辺がよくわからないので、冒頭の語り以外の書き起こしについては、字幕のみを採用してます。旧仮名遣い、ややこしいけど面白い。


☆追記 (2017.06.01)
昨日「魂を投げろ」の記事に追記することがありました。今日は他に原さん関連で何かないかしらと軽い気持ちで検索してみたら…

「生命の冠」 原節子さんに会いたかった カニ背負う少年、長谷川さんが振り返る /北海道
http://mainichi.jp/articles/20160503/ddl/k01/040/081000c (Archive)
昨年9月に死去した女優、原節子さん(享年95)が出演し、北方領土・国後島で撮影された映画「生命(いのち)の冠」(内田吐夢(とむ)監督)で、少年2人がてんびん棒で巨大なタラバガニを背負って歩く場面がある。その一人が根室市琴平町の長谷川源次郎さん(89)だ。「後ろを担いでいるのが俺」。国後島を望む高台の自宅で、長谷川さんは振り返った。
長谷川さんは当時9歳。古釜布(ふるかまっぷ)尋常高等小3年生だった。ロケは、父母らが働く古釜布の碓氷缶詰古釜布製缶工場で行われた。放課後に反射板係を手伝っているうちに「これを担げ」と大人から言われ、同級生と一緒に担がされたという。「本当はこんな運び方はしないが、映画だから」と苦笑する。背負ったのは、近年の漁獲サイズをはるかに超える巨大なカニで、「ずっしり重く10キロ以上はあった」と長谷川さんは記憶の糸をたどる。
昨年9月に映画が上映された際、会場から「おーっ」と驚きの声が上がるほどに印象的な場面だった。せりふこそないが、誰もが「あのカニを持っていた子」と脳裏に刻んだ。
映画は1936年4月13〜21日に撮影され、翌年6月に上映された。長谷川さんは「映画は41年ごろ根室で見た」と話しており、現存している55分の短縮版ではなく94分のトーキー版だったとみられる。
同級生は3年ほど前に死去。この映画の出演者で存命なのは、長谷川さんのみとなった。「原さんが出演していたことは後に知った。生きているうちに一度お会いしたかった」。長谷川さんは残念がっている。【本間浩昭】
https://cdn.mainichi.jp/vol1/2016/05/04/20160504dd0phj000211000p/9.jpg


生命の冠 1936 42

このカニを担いでいる男の子がまだお元気でいらした…!
ロケ風景や経緯を、まさか今知ることが出来るなんて。すごいなぁ…嬉しい。
コメント

管理者にだけ表示を許可する