スポンサーサイト

--.--.--.--.--:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

魂を投げろ 1935

2013.06.21.Fri.03:13
魂を投げろ 1935 8 原節子

監督:田口哲 脚本:玉川映二(サトウハチロー) 原作:飛田穂洲
出演:伊沢一郎、中村英雄、原節子、東勇路、大島屯、松本秀太郎、名取功男、正邦乙彦、黒田記代、和歌山小浪(若原春江)、田村芙紗子、星ひかる他
製作:日活 1935年白黒サイレント65分

あらすじ:常盤中学野球部の二人のエース伊沢(伊沢一郎)と早崎(中村英雄)。甲子園出場がかかった大事な試合を前に、伊沢は厳格な父(東勇路)に野球を禁止されてしまう。そんな中、早崎が体調を崩して練習中に倒れ、このままではライバルの西山中学に負けてしまうので伊沢を野球部に戻してほしいと部員(松本秀太郎)らやコーチが伊沢の父に直談判に来るが…。
伝説の女優原節子の、現存する最古の出演作品。新潮45の2011年5月号付録として出たもので、フィルムの傷みが激しく前半後半に欠落もあり、収録されているのは中間部分の27分程度のみ。

修復されているとはいえ映像の乱れはものすごいし、場面やセリフが欠落していると思われる部分もあるんだけど、15歳の原節子は、美しかった…。短い映像の中でセーラー服、水着、浴衣と三通りの姿で微笑む原節子。1935年の4月に、家計のために女学校を中退して映画界に入った、そのわずか四ヶ月後の姿(撮影は8月、封切は9月)。

物語は、学校からの帰り道、伊沢(伊沢一郎)と早崎(中村英雄)、早崎の妹節子(原節子)が川沿いの道を歩いている場面から。父親の言い付けに従って野球部の練習に出ようとしない伊沢を、早崎はなんとか奮い立たせようとする。

魂を投げろ 1935 25 原節子 伊沢一郎 中村英雄

伊沢「お父さんがどうしても許して呉れないんだよ」
早崎「オヤヂがそんなに恐いのかい。弱虫だな」
伊沢「ほんとを云ふと、僕、家(うち)が忙しいんだ」
早崎「ね、僕だつて医者に止められて居るんだけど、今度の予選丈けはどうしても出る積りだぜ」

魂を投げろ 1935 30 伊沢一郎

早崎「どんな事をしても、今年こそ勝ちたいんだ」
伊沢「そんな事して体を壊すと大変だよ」
早崎「死んだつて関ふもんか」

強い言葉をかけ続けてきた、早崎の目の光が少し揺らぐ。

魂を投げろ 1935 33 中村英雄

早崎「ね、何時の試合でも必ず、二人で投げて來たんぢゃないか」

目を伏せる伊沢。

早崎「そんならいゝよ」

踵を返してスタスタと行ってしまう早崎。
兄の後を数歩追いかけて立ち止まり、心配そうに伊沢を振り返る節子。

魂を投げろ 1935 40 原節子 伊沢一郎 中村英雄

節子「ほんとに止すの」

黙り込む伊沢を、責めるでもなくそっと見つめる。

魂を投げろ 1935 45 原節子

原さんの、15歳ながら聖母のような眼差し。

場面が変わって、映し出されたのは砂浜の少女たち。

魂を投げろ 1935 62-5 原節子

『學期試驗も無事に終へて、樂しい夏休みが來ました――』

魂を投げろ 1935 64 原節子

水着姿で手招きする節子と、友人らしい女子二人。

魂を投げろ 1935 66 原節子

三人は流行の水着を着て、波に駆けて行く。

魂を投げろ 1935 69 原節子

後姿の真ん中が原節子。左右が、残っている映像ではここにしか出てこない和歌山小浪と田村芙紗子だろう。
水着がまともに映ってるのは原さんだけなんだけど、よく見ると結構胸元がきわどい。15歳なのに、この時代なのに、と意外だった点。

暑い夏の日、練習に励む野球部。無理が祟ったのか練習中に倒れてしまう早崎。畑で農作業をしていた伊沢のところにそれを告げに来る仲間たち。伊沢の復帰を許してもらえるよう、伊沢の父に直談判に行くと言う。

魂を投げろ 1935 103 松本秀太郎

応援団長「今度こそはと思つてみんなで頑張つて來ましたが、今伊沢君に出て貰へなければ、到底勝つ見込みはないんです。他に投手(ピッチャー)をやる者が居ないんです。今度の試合丈け、伊沢君を出して下さい」

でぶっちょの応援団長(松本秀太郎)がなんとか父(東勇路)を説得しようとするけれど…

魂を投げろ 1935 113

伊沢父「わしは野球などゝ云ふ舶來の遊技は嫌ひだ」

退役軍人の父、ばっさり。そしておもむろに日本刀を取り出す。

魂を投げろ 1935 119

魂を投げろ 1935 120

父が刀を捧げ持つと、条件反射のように一斉にひれ伏す部員たち。

魂を投げろ 1935 122 松本秀太郎

真剣を抜いて見せられ、後ずさりして応援団長にぴとっ。

魂を投げろ 1935 124 松本秀太郎

父は真剣に触れさせ、日本男児の心得を説こうというつもりらしい。

魂を投げろ 1935 131 松本秀太郎

扱い慣れない真剣を手に取らされ、訝しげな顔の三人。

魂を投げろ 1935 134 松本秀太郎

wwwwwwwおいこらwwwwwww

魂を投げろ 1935 135

魂を投げろ 1935 136 松本秀太郎

笑顔が素晴らしすぎるwwwww

魂を投げろ 1935 137 松本秀太郎

wwwwwwwwwwwwwww

魂を投げろ 1935 141 松本秀太郎

もちろんめっちゃ怒られて、慌てて退散する三人。バカ者www

こうして伊沢父への説得は失敗に終わり(戦犯約一名)。。

ある日、神社で手を合わせている節子。

魂を投げろ 1935 156 原節子

「兄さんの病気が早く癒りますやうに……」
「そして――今度の試合にはきつと勝ちますやうに……」
「きつと、きつと、勝ちますやうに……」

サイレントだから無音なんだけど、原さんのあの鈴の音のような声が聞こえてきそう。

海沿いの道を歩いている節子、砂浜に何かを見つけて微笑む。

魂を投げろ 1935 163 原節子

そこには一人練習している伊沢の姿が。

伊沢「それに晝間(ひる)は忙しいから……」
(いきなり「それに」となっているので直前の台詞、場面の欠落かも)

魂を投げろ 1935 172 原節子

節子「ぢゃ、今度の予選には出られないの」
伊沢「英ちゃんさへ出て呉れゝば、僕なんか出なくても――」

魂を投げろ 1935 182 原節子 伊沢一郎

伊沢「お医者さんは何て云つてるの」
節子「予選までにはよくなるつて云つて居られるんだけど――」

悲しげにうつむく節子に、努めて明るく振舞うように伊沢が話しかける。

魂を投げろ 1935 186 原節子 伊沢一郎

伊沢「僕ね、毎朝一生懸命二百づゝ投げて居るんだよ」

ぱっと笑顔になる節子。

魂を投げろ 1935 189 原節子 伊沢一郎

「見ててあげる」とでも言っているのか、節子は伊沢に笑いかけて砂浜を駆けて行く。

魂を投げろ 1935 194 伊沢一郎 原節子

砂と木の葉と石で作った的にボールを投げる伊沢。
貝殻でストライクとボールを記録していく節子。

魂を投げろ 1935 199

伊沢の投球を笑顔で見守る節子。

魂を投げろ 1935 203 原節子

節子「今のはボールよ」

魂を投げろ 1935 217

なんてみずみずしい、青春の風景。

魂を投げろ 1935 220 原節子

振り返って笑う節子の可愛らしいこと。

魂を投げろ 1935 223 原節子 伊沢一郎

球を拾い集めて伊沢に駆け寄る節子。

魂を投げろ 1935 226 原節子

節子「疲れたでせう」

魂を投げろ 1935 230-2 原節子

魂を投げろ 1935 231 原節子

(字幕はないけど口の形から)「ハイ!」と笑顔で手渡す。可愛いっ。

魂を投げろ 1935 232 伊沢一郎

伊沢の顔もほころぶ。

魂を投げろ 1935 241-2 原節子 伊沢一郎

魂を投げろ 1935 247 原節子 伊沢一郎

練習を終えて海岸を歩いて行く二人。いい雰囲気じゃないか。

その後も節子は伊沢の練習によく付き合っており、ある日そんな二人を浜辺から見ている男性が。

魂を投げろ 1935 270

野球部のOBでもある大学生コーチ(大島屯)。熱心に練習する伊沢を見守っていると、そこへ伊沢の父が通りかかる。息子の姿に足を止めた彼に、コーチは伊沢の父と知らずに話しかける。

魂を投げろ 1935 293

コーチ「素晴らしい球ですね。惜しいもんだな。あの伊沢君のオヤヂと云ふのが、恐しい頑固屋でね。どうしても野球をやらせないんですよ。唯の速い球ではない。魂が入つて居る。伊沢が出れば、今年こそ常盤は優勝出來るんだが」

父は何も答えないが、コーチは伊沢の投げる球について熱く語る。

コーチ「どうです、あのスピード」

魂を投げろ 1935 296

コーチは伊沢の投球に興奮して笑顔で砂浜に降りて行き、伊沢に声をかける。

魂を投げろ 1935 309

コーチ「伊沢君、素晴らしいぞ。今の君の気持を忘れるんぢゃないよ。君の球には魂がこもつて居る。野球と云ふものは、型や形ばかりで出來るものぢゃない。僕も魂を投げると云ふ事を君から教はつたやうな気がする」

魂を投げろ 1935 311 伊沢一郎

魂を投げろ 1935 312 原節子

魂を投げろ 1935 319 原節子 伊沢一郎

その様子をじっと見ている父。

魂を投げろ 1935 322

その後、コーチが直談判に伊沢家を訪れる。

魂を投げろ 1935 345

伊沢父「何の御用です」

二人はお互いの顔を見て一瞬驚くが、コーチは気を取り直して本題に入る。

魂を投げろ 1935 346

コーチ「先程は失礼しました。一郎君を今度の予選に出していただきたいのです」

(ここでの父の言葉欠落?次が「しかし」で始まっている)

コーチ「併し、貴方も一郎君が身も魂も打ち込んで球を投げて居る姿をご覧になつた筈です。あの一郎君の眞剱な気持が貴方には分らないのですか。今朝十一時、選手一同は出発するのです。もう一度よく考へて上げて下さい。貴方は野球を舶來の遊戯と云はれますが、野球にもまた立派な野球道があるのです」

コーチが帰った後、ついに柱時計が11時を打つ。泣き出す伊沢。
(ここでわざわざ背面の柱時計を振り返ってるんだが、机の上にも時計がある)

魂を投げろ 1935 372 伊沢一郎

そこへいかつい顔をした父が入って来て、

伊沢父「わしはお前の泣きっ面を見るのが嫌なんだ」

魂を投げろ 1935 373

伊沢父「負けて帰へると承知しないぞ」

魂を投げろ 1935 375

伊沢父「何を愚図々々してるんだ」

魂を投げろ 1935 376

伊沢父「早く行つて來い」

魂を投げろ 1935 377 伊沢一郎

喜びを爆発させる伊沢。「三時の汽車に間に合えば大丈夫です」。急いで荷造りをし、飛び跳ねるように父に挨拶をして出発。笑顔で見送る両親。そこに伊沢、ひょいっと戻ってきて父に「鶏の餌を頼みますよ」とひょうきんに声をかけて出て行く。急に元気になった息子の姿に父と母は顔を見合わせて笑う。

魂を投げろ 1935 384

伊沢は野球部に合流する前に、病床の早崎の元へ報告に行く。

魂を投げろ 1935 397 伊沢一郎 中村英雄 原節子

伊沢「お父さんが許して呉れたんだ。三時の汽車で行つて來る。きつと優勝旗を持つて帰へるから、待つてゝ呉れよ」

魂を投げろ 1935 400-2 原節子

魂を投げろ 1935 402 原節子

節子「本当に勝つて來てね。大阪の伯母さんから、早く來るやうにって手紙が來てるの」
(甲子園は兵庫なんだが)

魂を投げろ 1935 405 原節子

魂を投げろ 1935 410 伊沢一郎

伊沢「きつと勝つて帰る」

魂を投げろ 1935 414 伊沢一郎 中村英雄

伊沢「そしたら一緒に甲子園に行かうね。試合に出られなくても、君がベンチに居て呉れたら気が強いんだ」

微笑んで頷くも、苦しげに咳き込み出す早崎。

伊沢「僕が帰つて來るまでに、良くなるやうに。ほんとに養生してね」

汽車の時間があるので出発しようとする伊沢を早崎が呼び止めたのか、振り返る。

魂を投げろ 1935 444 伊沢一郎

魂を投げろ 1935 447 中村英雄

早崎「頑張つて呉れよ」

魂を投げろ 1935 449 伊沢一郎

しっかりと頷く伊沢。半分しか映らない顔。

魂を投げろ 1935 450 さよなら

「さよなら」

気持ちを振り絞って笑顔で伊沢を送り出した早崎。
しかし伊沢を玄関まで見送った姉(黒田記代)と節子が部屋に戻ると…

魂を投げろ 1935 459 原節子

魂を投げろ 1935 461 黒田記代 原節子

早崎は布団の上で、グローブとボールを手にしていた。

魂を投げろ 1935 462 中村英雄

駆け寄って抱きしめ、身体を横たえさせる姉。グローブは枕元へ。

魂を投げろ 1935 475 原節子 中村英雄

悔しそうな早崎…。

ダメだ、涙が出る。

伊沢を含めて無事出発した常盤野球部は順調に勝ち進む。

『常盤中學、西山中學、共に準決勝に勝つ』

ライバルの西山も同じように勝ち上がって来て、翌日はいよいよ因縁の決勝戦。

部員「また西山中學との戰だ」
部員「西山の様子は皆もよく分つて居る筈だ。だが西山の方でも我々をよく知つて居る」

宿舎で自分たちを鼓舞するように語らう部員たち。つと伊沢の手の中から、ボールが廊下へ転がり出る。その頃、階下でコーチは仲居から電報を受け取っていた。

魂を投げろ 1935 499

魂を投げろ 1935 500

『アニキトク セツコ』

コーチはしばらく立ち尽くした後、電報を懐にしまって階段を上がっていく。

魂を投げろ 1935 506

階段を上りきると、廊下に出ていたために階下の電報を告げる声が聞こえていたであろう伊沢がいた。

魂を投げろ 1935 507 伊沢一郎

コーチは黙って電報を伊沢に渡し、中を見た伊沢は呆然と見つめ返す。

魂を投げろ 1935 514 伊沢一郎

コーチ「誰れにも云ふんぢゃないぞ」

二人はそのまま部屋へ戻る。部員達は明日の試合を前に興奮している。

魂を投げろ 1935 530

コーチ「明日はみんなしつかりやるんだぞ。早崎の爲にも復讐戰だ」
部員「明日勝てば大阪に行かれるぞ」

彼らの輪から少し外れて、じっとグローブに目を落とす伊沢。

『決勝戰』

魂を投げろ 1935 533

場面は熱戦の球場に切り替わり、いよいよ西山との試合が始まる。

ここで、映像は途切れます。結末はわかりません。

これを見始めた時、約80年前のサイレント時代の青春映画、忘れ去られてカビだらけ傷だらけのフィルムだったということもあって、あまり期待はしていませんでした。10代の原節子が見られるだけでいいと思って。でもこんな短い、お話の真ん中しかない映画なのに、熱い芯のあるストーリー、ユーモア、青春と命の痛みにいつのまにか引き込まれていました。

結末はわからないと書いたけど、製作当時のあらすじというものはあって、それによると決勝戦の9回、マウンドの伊沢に早崎の訃報が届く。伊沢は黙って三振を取り続け、常盤中学は甲子園への切符を手にする。そして甲子園の地に立つナインの腕には喪章が…というものであるらしい。でもそのあらすじの前半部分が実際に製作された内容とは違っている(早崎の欠場は闇討ちによる負傷⇒病気)ので、結末も当初の予定と同じであったかはわからないとのこと。

早崎と伊沢の葛藤、伊沢と節子の心安らぐひと時、応援団長のおふざけ、コーチの情熱、父の溶けてゆく心、早崎と伊沢の最後の対面。丁寧に丁寧に描かれていると思いました。この時代の、製作者たちの映画にかける熱意のようなものを、痛んだ白黒のバリバリした画面からひしひしと感じました。実際の現場にはもちろん色があって、音があって、夏の青い空や蝉の鳴き声、波音や砂埃の中で撮影されたのであって…。15歳の、まだデビューして半年にも満たない原節子が、どんなに一生懸命に日々の撮影に取り組んでいたか、想像すると胸が熱くなります。成績優秀だったという彼女のことだから学校に未練もあったかと思うけれど、でも生来の生真面目さで、家族や周りの関係者のために、必死に日々の撮影に通っていたんだろうなと…。でもそんな苦労が全然透けて見えない原さんのさらっとした華やかさが、大好きです。

原さん以外の出演者についても、ざっと書いておきたい。

まず主演の伊沢一郎さんは、1912年2月22日熊本生まれ。ということはこの作品の撮影当時は23歳だったということに。ずいぶんガタイがいいなと思ったらもう大人の男性だったのね。1931年にデビューして、1990年前後まで俳優の仕事をされていたそう。1995年5月14日に83歳で死去。出演作を見てみると、私が持っている中にも伊沢さんが出演されているものがあったので、近いうちに見てみるつもり。

早崎役の中村英雄さんは、wikiには記載がないのでJlogosによると、1919年7月10日浅草生まれ。5歳でデビューして名子役だったとのこと。この作品当時は16歳。年相応の素朴さがありながら、演技巧者といった雰囲気はそのためか。日本映画データベースによると出演作が1939年で途切れているのでもしや、と思ったけど、1943年1月3日に23歳の若さで亡くなっている。早崎と少し重なってしまうな…。1939年の「上海陸戦隊」(演出は原さん義兄熊谷監督)で原さんと共演しているみたいなので、是非見てみたい。

伊沢の父役、東勇路さんは1902年3月15日福岡生まれ。驚いたことにこの撮影当時、33歳。息子役の伊沢一郎と10歳しか違わない。普通に初老のおじさんだと思って見てた。すごい。そしてwikiで写真を見ると、イケメン。この方も1940年頃以降の出演記録が残っていないようで、その後の消息は不明とのこと。戦争に、行かれたのでしょうか…。

大学生コーチ役の大島屯さんは、これもJlogosによると1907年生まれとのこと。それ以外はわからない。この作品の時は28歳。学ランが似合って素敵だった。日本映画データベースによると1927年から1936年まで出演記録がある。手持ちの日本映画スチール集「日活多摩川編」を探してみたら一枚、同じ1935年の「薔薇色の道」のスチールが載ってました。イケメンだった。これ以外の消息はわからないのであれこれ検索してみたら、こんなのがひっかかった。1938年製作の10分の短編映画『八拾億円』。構成のところに大島屯とある。

でぶっちょの応援団長、松本秀太郎さんは、調べる前に上記のスチール集を繰ってみたら結構いろんなところに載ってた。わかりやすいルックスで有難い。またこちらもJlogosによると、1914年生まれで当時21歳。この時代にこんなにふくよかな人がいたんだなあとちょっと不思議。まだ1935年だからかしら。食糧事情が厳しくなったのは1943年頃からだったか。

部員役の名取功男さんと正邦乙彦さんは、日本刀のシーンで応援団長の両脇にいた人たちだと思うけど、どちらがどちらかわかりません。ただ名取功男さん(生没年不明)は、原さんのデビュー作「ためらふ勿れ若人よ」にも名前があって、スチール写真の中に少し似た面差しの方がいるので、この方かな?とは思う。ちなみに向かって左の、薄い顔の方。でも違うかもしれません。名取さんの方は1957-58年頃にも出演記録があるので、年を取ってからも映画の世界にいらしたんですね。そして正邦乙彦さん(1910年8月27日生まれ、当時25歳)は、調べてびっくりしたんだけど戦後の伝説的ストリッパー、ジプシー・ローズという女性を育てた人らしい。そしてアルコール中毒のために30代で亡くなった彼女を看取って、後年の彼女を取り扱った書籍や映画の監修などをされていたとのこと。検索してたどり着いた先ではドキュメンタリーの感想などもあったのだけど、リンクされていた映像はすでに消されていた。晩年は老人ホームに暮らしており、その様子が写っていたようです。普通のプロフィールではないんだけど、こんなものがあったので一応リンク。写真を見ても、ちょっとわからないなあ…。

早崎の姉役は黒田記代さん。最初母役だと思ってました。なので出演者を見て黒田記代…このお母さん似てるけど、いくらなんでも原さんと4歳しか違わないのに親子役なんてないだろと思ってしばらく困惑。日活のこの作品のページにあっさり姉と書いてあった。つきっきりで看病してるのは母だと思うじゃん。それぐらい母性に溢れた演技だったということで。黒田さんは1916年2月17日北海道生まれで当時19歳。大人っぽい。記代(きよ)さんて名前が好きです。そしてすごく美人。色っぽい。こんなに美しくて演技も素晴らしいのに、1954年に出演記録がある以降は消息不明というのが残念。

日活のクレジットによるとその他和歌山小浪(女学生)、田村芙紗子(女学生)、星ひかる(床屋の親爺)とあるけど、この映像には出てこない(女学生たちは後姿のみだし)ので省略。

最後に、この映画のスチール写真を手持ちの本の中からピックアップ。

魂を投げろ 1935 3

魂を投げろ 1935 原節子 伊沢一郎 1

魂を投げろ 1935 2 原節子 伊沢一郎 中村英雄 松本秀太郎

この最後の写真が一番好き。
早崎の中村英雄さんが精悍でかっこいい。応援団長松本秀太郎さんの存在感も素敵。どう見ても禿げ親父にしか見えない33歳の東さんも、この作品では見られなかった笑顔で写ってるのがいいな。


☆追記 (2017.05.31)

いすみの海岸で撮影 原節子さん最古のフィルム 昭和初期の風景写真と一致
https://www.chibanippo.co.jp/news/local/411502 (Archive1/Archive2)
戦後の日本を代表する銀幕女優、原節子さん(1920~2015年)の現存する最古の映画フィルム「魂を投げろ」(1935年公開)の撮影地が、いすみ市の大原海岸周辺だったことが関係者の調査で分かった。劇中登場する岬の稜線(りょうせん)や橋、旅館が当時の写真と一致するという。端緒を開いた沖縄県の映画監督、當間早志さん(50)は、「小説の舞台にもなった場所が映っている。貴重だ」と指摘している。
映像は白黒無声でフィルムの状態のよい途中の約30分で、雑誌「新潮45」の2011年5月号の付録DVDで現代によみがえっていた。甲子園出場を目指す野球部員の姿が描かれる。原さんは出演3作目で、エースの妹役でヒロイン。セーラー服や浴衣などをまとい、みずみずしい演技で存在感を示す。デビュー作「ためらふ勿(なか)れ若人よ」と同じ田口哲監督がメガホンを取った。同年8月の撮影とされている。
當間さんは、国内外の映画のロケ地探しをしており、今年に入ってから観賞して独自に調査を始めた。インターネットで検索しても情報はなく、「日活多摩川の作品。原さんは新人だったため、低予算のはず」と東京近郊の千葉、神奈川両県に絞った。すると、いすみ市の八幡岬が印刷された昭和初期の絵はがきにたどり着いた。
劇中、砂浜で投球練習をするシーンがあり、背景には八幡岬と太東岬とみられる稜線が映る。さらに、1935年から「主婦之友」で連載が始まった山本有三さんの小説「真実一路」の舞台となった塩田川河口に架かる木橋や、泊まって執筆したといわれる旅館「翠松園」とほぼ同一の景色もある。市職員も観賞し、旧大原町史や市ガイドブックに掲載された大正~昭和初期のそれぞれの場所を切り取った写真と比較して確認。決定的となった。
當間さんは、「(山本さんが)小説を書き始めた時に撮影され、モデルの橋も映る。いろいろリンクした名作の場所」と興奮した様子で話した。市は映画やドラマのロケ地誘致を進めており、担当者は「景勝地が活用され驚いた。今後も積極的に撮影を支援し、地域をPRしたい」とコメントした。
https://www.chibanippo.co.jp/sites/default/files/IP170526TAN000045000.jpg
https://www.chibanippo.co.jp/sites/default/files/IP170528TAN000001000.jpg


この作品のロケ地が判明とのこと。すごい。
発見された方のツイも。


コメント
No title
中村英雄さんは戦争で亡くなりました。
Re: No title
そうだったのですか…。
教えて下さって、ありがとうございました。


つゆこ

管理者にだけ表示を許可する
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。